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平成31年4月30日
平成の御代(みよ)も本日で終わりとなり、明日からは令和という美しい名前の時代が始まります。特に大きな感慨は有りませんが日本の衰退にストップがかかり、皆が希望をもって生きてゆける時代になるよう祈るばかりです。
もともと昭和63年に会社を創業した主な動機は、経済的自立がすべてに優先するという私流の”我儘な”考え方がありひたすら日々、月々の売り上げに全力を投入してきた感があります。売上げが上がっても儲けが少なければ意味が無いので毎日”粗利(儲け)”をホワイトボードに記入しては落胆する毎日だったように記憶しています。経済的な自立とは別に、居心地の良い会社の在り様とはどのようなものなのかを模索し、実現に向けて試行錯誤してゆくことも会社運営の目的の一つだったと思います。利益至上を旨とする資本主義経済が生んだ会社という組織で、いかに働き甲斐や居心地の良さを実現させていくのか、又、その為の方策とは何だろうか。それは裕福な自営業という形だろうと考える訳です。皆が自立した裕福な自営業という会社の形態は可能なのでしょうか。コストダウンを厳しく迫られる哀れな零細事業者とは真逆の在りようです。他では真似のできぬ圧倒的な技を磨くことでのみ実現できるように考えます。
孤立無援ですべてにおいて自己責任で生きていく厳しさというものを肌に感じながらも毎月毎月同じことを愚直に繰り返さなくてはなりません。真面目に努力したからと言って必ずしも報われないのが現実です。どうすりゃあいいのだという迷いの暗闇の中を恐々と足を前に一歩、そっと進めます。自営業とはそういうもので、そのような過酷な環境の中でしか輝く技は鍛えられません。
失われた30年といわれるように日本経済の長すぎる不振が指摘されていますが、とりわけ大手上場企業がダメなのは組織で動いている関係からか”皆で渡れば怖くない病”に憑りつかれている為だと思います。
組織内部に対しては稟議書だ議事録だハンコだと、そつなく”みんなの責任”の了承を行います。時間をかけてせっせとパワーポイントなぞを使って立派なプレゼン資料ももっともらしく綺麗に出来あがります。うちらの自営業ではそんなもんは一切ありません。私がエイヤーとすべてを決めます。少々、判断が間違っていてもエイヤーとすぐに修正できます。とにかく迅速に、他の人ではなく自らの責任で決めることが大切です。そうすることで腹が決まります。丹田集中での腹決めの胆力は迫力もありチカラがあります。
おジュケンが上手で一流大学を出たええとこのバカボン親父が小賢しく作成する事業計画や開発計画なぞはそれなりにしか達成できません。棘(トゲ)のない無難な発想力では世間様をびっくり仰天させるような製品は出てきません。
要領の良い”屁みたいな屑(クズ)ども”が大企業に巣くって白アリのごとく屋台骨を食い散らしているいるのではないかと、彼らこそ”役人”ともども日本をダメにしている元凶ではないかとも思います。今年の大学卒業生の志望第一位は”公務員”だとのこと。役所化した大企業と同様、この国の先が思いやられます。
この美しい響きの令和の御代(みよ)が良き時代の変わり目となるには、これら不甲斐ない上場企業群が一度、底をはたいてリセットされる必要があります。いよいよ、我ら、名も無きチャレンジングな零細事業者の時代が来るのでしょうか。頑張りましょう。

平成30年5月14日

昨日の午後に事務所の裏側に積んでいた4本のスノータイヤが綺麗さっぱり消え去っていた。同じ並びの銀座美容室さんも、震災直後にスタンドでは一滴のガソリンさえ買えなかった教訓を活かし燃料を一杯詰めたピンク色のドラム缶を裏に置いてお客さんに分けていました。それが1年半も経たないうちに丸ごと無くなっていました。この平和な地方都市郡山の中心部で結構この類の窃盗(下着泥棒も含めて)が多発しています。タイヤの喪失自体よりも、目をつけて意図的に持っていく不逞の輩が現にいるという点です。ほとんどの普通に暮らしている善良な日本人は人のものをかすめとることなどは決してしませんが、そうでない人達も紛れているのだという事実を自覚しなくてはなりません。

話は変りますが、我々からすればどあつかましくてうるさいだけの中国や韓国と思っていたけれど、彼らは着々と尖閣列島・対馬・南シナ海・竹島・それに沖縄と北海道をまさに狙いすまし確実に侵食侵略をしてじわじわと既成事実化してきています。周りは良い人だとみなすお花畑(弊社より西南1Kmに御花畑という地名有り)の邦人メンタリティは彼らからすれば都合の良い腰抜けの獲物でせせら笑う対象でしかありません。大切なものを盗みとられた後ではもう間に合いません。しっかりと戸締まりと何がしかの抑止力を含め対抗策を準備すべきです。

さて、先月末にある筋からの要請で、自動運転や自動パーキングに使用される超音波センサーの開発依頼の相談を受けました。詳細は申し上げられませんが、原理的に相当無理な相談ではありましたが実現すれば面白い話です。
問題は出来る出来ないの話ではなく基本的にセンサーの特性の根幹に関わる話であり、これがすっぽり抜け落ちていることに誰も気付いていないことです。この先、自動運転や自動駐車の大きな市場が見込まれ、すでに電気自動車の先駆けたるテスラが先陣を切っています。テスラではカメラとミリ波、それに前後6個づつ、合計12個の超音波センサを搭載しています。超音波センサは主に低速時の近距離部分の監視で、とりわけ自動駐車時のセンシングに使用されるようです。
問題は同じ周波数の超音波センサーを前後に12個も取り付けた車輌どおしが、渋滞した一般道を前後に走ったり、向い合わせになって通過したりした際に、互いに干渉しあって誤動作することです。自動駐車時でも、隣りや前後にエンジンのかかった(センサーが動作している)車両があった場合は、間違いなく干渉して何がしかの悪さをして周りの車両や構造物にぶつかる危険性があります。今は同種の車両がほとんど走行していないのでこのような干渉による誤動作の可能性はほとんど問題にしなくて済みますが、数が少し増えますと世界中でクラッシュや立ち往生の事故が頻発します。1台の車に超音波センサーを12台付けようが100台付けようが、互いに同期さえ取れば何らの問題はありませんが、センターラインを境に向かい合ったり、片側2車線で併走する場合も前後側面のセンサーどおしで照射しあい、障害物があると判断して車が急遽減速停止となり、かなりヤバい事となります。
こんな単純なことに想いが及ばぬ開発陣の想像力の欠如は笑って済まされない重大事だと思う。まず第一義的に検討すべき課題だと私は思います。この問題は今なお、解決すべきテーマのひとつであります。

平成30年9月27日
今期も明日で半分過ぎてしまいます。異常高温で災害レベルだった夏も終わって今日あたりは上着を着ていても寒いくらいです(郡山市は小雨で14℃)。私の故郷である広島や我が愛する岡山倉敷の台風被害、大阪北部や予期もせぬ月始めの北海道大地震と立て続けに自然災害が列島を襲ってきています。今後さら想定外の災難ありと思わざるを得ません。かって3.11を経験した者として、震度2-3程度の地震でも最悪の揺れを覚悟して心身の緊張は最高に達します。何が起こっても(電気ガス水道のインフラ停止を前提)最低2週間は生き残れるように、以下の4点を守っています。(1)飲料水を4箱(2リッターペットボトル24本)(2)生活用水として浴槽に満タン水道水を張る(通常はシャワーだけで済ます)。
(3)料理用にガスボンベを12本とコンロをキープ、最後に食料備蓄として(4)無洗米をペットボトルに3本分を冷蔵庫に保管です。これらすべてを購入したとしても1万円以下で済みこれで最低限、命を繋ぐことが出来ます。
3.11の時は幸いにも電気はストップしませんでしたが、情報確保用としてスマホ用の大型バッテリー2個は常に用意しています。他にも灯油・ガソリン・簡易トイレ等々も念のため屋外の物置にストックしています。まあ、命さえあればこの時代、なんでも出来るのでサバイバルこそ肝要と思うところであります。
さて命はつながったとしても変化の激しい世の中をベテランサーファーのごとくうまく乗り切っていけるかどうかは別の話となります。これは個人であれ企業であれ同じ変化に晒されます。主にネット環境やAIがもたらす大変化です。
フィルムからディジタルカメラ、さらにディジタルから高性能スマホに数年で劇的変化して、従来のキャノン・コニカ・ニコン・リコーは青息吐息で窮地に追い込まれてしまっています。フィルム専門だったかってのスーパー企業コダックはとっくの昔に消え失せました。
新聞書籍を始めとする出版業界も立ち行かなくなっています。街から本屋さんが消えてしまっています。一部の大手チェーンもそのうち規模を縮小して存続するか消滅かというところでしょう。朝日新聞や毎日・東京などはさっさと消え失せてくれればどれだけすっきりとするかと思いますが。ネットの電子書籍の普及もありますが、もとよりいち新聞社で数百万分の部数を扱うこと自体が異様だった思います。大新聞社は嘘はつかないという日本人特有の大企業信仰病が主原因で、ネットのおかげで”フェークニュースのたれ流し”や”報道しない自由を彼らが謳歌していた”ことが判明し部数減少に追い打ちをかけました。
銀行も個別の有望な企業に大胆に融資してリターンを稼ぐという本来の能力がなく、ひたすら安全な国債(リスク無)を購入してわずかな利ザヤを稼ぐというせこい商売に堕してしまった。一方、収益を改善するはずの電子マネー化に積極的には対応せず国際的にも大きく後れを取っています。國外からの電子化で本来の儲けも外にもっていかれるのがオチでしょう。さんざん、今まで大きな顔して”晴れの日に傘を貸す”商売をしてきた大きなつけを払うことになります。
百貨店業を始めとする小売業も一部を除き大変な目(顧客の減少)に合い後退を余儀なくされているようです。伊勢丹町田店や府中店の郊外型店舗が閉店することが発表されました。売り場ではお客さんより店員の方が多いという感じはいつも思っていましたがいよいよ閉店が現実となってきました。伊勢丹府中店は初詣で大國魂神社の参拝のあとに寄ったり、時折1階のパン屋さんでコーヒーを飲んだりしておりました。アマゾン等の通販の比率がますます増大して、さらに新鮮野菜や魚肉にまで及ぶものと考えます。店舗販売はスーパーを含めて益々じり貧となっていくでしょう。すさまじいネットとAIの力と言えます。
物流とか金融に限らず人の雇用にも及ぶこの流れは我が製造業も例外ではなく他人ごとではありません。もともと少人数で効率よく運営してきた弊社ではありますがこの流れを見極めてフレキシブルに対応せねばと再認識しております。土地神話と年功序列の崩壊が社会の安定化を阻害し、致命的な打撃となり得るのがかの"少子高齢化”であり日本の国力を根底から削ぐものです。あな恐ろしや。

平成30年8月20日
長くて暑かった平成最後のお盆休みも16日の送り火で終わろうとしています。流石にお盆を過ぎた今日この頃になると夕方には虫の音も聞こえて凌ぎ易くなりました。例年、今は亡き両親が住んでいた京都亀岡の実家と清水寺の隣にある大谷廟での墓参りもゆけずに不本意な夏休みでありました。せめて終戦記念日の8月15日には靖国神社に戦没者慰霊のお参りとも考えましたが、この暑さなので無理をしないで日を改めます。8月も10日頃から少しづつ様相が変わってきて、全体が黄土色になってくる様に感じます。あちらの霊界とこちら側の娑婆との中間あたりに変わっていく感じです。こちらで彼岸からの大勢のご先祖さんを迎え易くする為に此岸を彼岸に少しばかり近づけるからなのだと思っています。全体的に社会や人々がが少しばかり浄化されたように思われます。神国日本ならではの大切な仏教行事であります。
弊社事務所の隣にかの”スターバックス”が2-3年前に開店しましたが、結構、流行っていて、実は私が来店第一号だった訳ですがその後、二度と行くことはありませんでした。最初の客だったとは言え、近所に配られた無料招待券で行ったわけで、スターバックスさんには何らの貢献はしていないのが実情です。でありながら文句をいうのも可笑しな話ですがまず、あの無国籍な女性(女王)の看板で無機質でありながらなんとなく洒落た雰囲気の建物とロゴがいかにもグローバリズムを象徴していて気持ちが悪い。一体お前は何者なのだ、名を名乗れ!!と言いたいのだ。あの美味しいセブンの\100円コーヒーと比べると結構高いのだ。ノートパソコンでもテーブルに置いてスタバのコーヒーなぞを飲んでいると、なんとなく様になって”わいは格好良く仕事もできるし、国際派なのよ”てなポーズがとり易いのだろう。今流行りのリベラリストで個人主義、平和を愛して反権力で反体制なのよ、もちろん国や人種ににとらわれない進歩的な地球市民なのです。言いたいのは、このスターバックスの洒落た無国籍な雰囲気が今のアホな左翼リベラリストときっちりと符合するのです。どちらも気取りだけで頭の中は空っぽで格好良さそうな空気だけで生きています。彼らの得意技は自分の無知無能力は棚に上げてひたすら”批判する”ことなのです。今の民民党やら立憲民民党、とりわけ蓮舫やかの不倫女議員なぞは、てめえのことはさて置き、敵対勢力(自民党か)に対しては口汚く罵りまくるのが天下一品です。批判する方が正義で批判される方が悪玉だという世間の基準を良いことにシャアシャアと正義感ぶって大声でがなり立てます。彼らは批判こそすれども、対案は一切示さず、人権無視だ汚職だ、原発反対だ、安倍独裁だと人道主義者ぶって論陣を張るものの、同じ事をチベット・モンゴル人民をあからさまに弾圧しているシナ共産党や韓国に向かって言うことはまず有り得ません。一番の問題は”批判だけで何らの具体策が無く”また、批判も的を得ていないことです。
今まさにこのような左翼リベラリストが政治に限らず社会文化の風潮を造っていますが、由々しきことです。
なんとなく格好良いというだけの空虚な流れに乗って、主体性もなく頭も使わず生きていくのはやはりやばいと言わざるを得ません。とは言え、日本国のトップだった首相経験者の鳩山・管・福田・橋本なぞはほとんどチャイナ共産党のハニートラップと銭に汚染されており、小泉もどうやらその匂いがプンプンとしてまさに一級の”売国奴”であり、たかだかスターバックスで格好をつけてコーシーを飲む一般庶民を悪しざまに言うのも気が引けますがね。

上の二枚の写真は私の父親の写真です。当時、八幡製鉄で養成工として鍛造現場で埃まみれになりながら働いており、20歳前後で徴兵されました。理数系の学問が好きで奨学生として授業料無償で早稲田にも行けたようだが、家が貧乏で何がしかのお金を入れなければならない立場だったため、お金もくれて勉強もさせてもらえる官営八幡製鉄所に決めたそうです。左の写真はビルマのマンダレーの古城(マンダレー王宮)の城壁に寄りかかる若き父親ですが後方には小高いマンダレーヒルズが見えて、丘全体には多くの寺院(パゴダ)が立ち並びます。撮影日は昭和22年4月二十二日で、メークテーラーから観光に来たのかとも推察します。この日付から約二年後の昭和24年1月10日が私の誕生日です。恐らく捕虜収容所がメークテーラーに有り、日本への帰国も決まって第二の都市、マンダレーに最後の別れに観光しに来たのでしょうか。もうひとつ思うことは、もう一人、この写真を撮影した人がいるはずでどんな人だったのかと興味しんしんです。戦友なのか、現地の案内人なのか、男かまさかの女性なのかいろいろと思いが巡ります。また、どんなカメラだったのか現像はどうしたのか等々です。捕虜収容所では英軍将校と日本兵捕虜(Prisoner of War)との間に立って通訳をしていたようです。将校から厚さ10cm近くある和英辞典をもらって、難解な言い回しは辞書で調べながらなんとか役割を果たしたそうです。日本への帰国を前に通訳のお礼としてマンダレー行をプレゼントされたのかも知れません。この分厚い辞書は生前、住んでいた京都府亀岡市に寄贈され地元新聞にもニュースとして掲載されました。今から考えると相当重量のあるこの辞書(広辞苑をひとまわり大きくした感じ)を現地ビルマからリュックか何かに入れて出港地のラングーン(現ヤンゴン)港から広島県の引揚指定港である大竹港までわざわざ持ち帰ったと言うのは相当の愛着があったからだと思うと本好きだった父親の性格が改めて浮かび上がってきます。
所属は第18師団(通称:菊師団)の小倉野戦重砲兵第五聡隊第二大隊本部で、要するに大砲を敵陣にぶっぱなすに際して、三角法で距離を測定する役割だったようです。問題は一発でも発射すると、英国軍に自らの居所が分かってしまい、何十倍もの反撃を受けてしまう点です。なんとも哀れな話です。インパール戦記にもありましたが明治以来の重くて長い(1.26m/3..7Kg)三八式歩兵銃ではなく欧米並みの自動小銃でもあれば日本の完勝だったとありますが、そのとおりだと思います。あまりにもお粗末で気の毒な装備と兵站でした。
生きている間に、父親が立ったこのマンダレーの王宮の壁に七十余年ぶりに立ちたいと思っています。
皇軍の高き精神性を気高く詠った”海ゆかば”のイメージとは真逆の戦いを強いられた帝国陸軍の兵士達に心よりの哀悼と尊崇の祈りを捧げたいと思い
ます。

平成29年12月30日
今日でやっと仕事納めとなりそうです。来月から隣に新規に借りた洒落た事務所のアレンジや清掃でこの二日間はてんやわんやでありました。8月に30年目を迎えましたが、この十数年は順調に推移してきたと考えます。これは取分け大手の日立・ヤマハさんを始め他多くのお客様の長年のご愛顧に依るところが大きく、誰も本気で挑まなかった超音波センサーの開発に専心できたのも、安定受注あればこそと感謝の極みであります。
デジタルカメラが旧来のフィルム式カメラを駆逐して間もなく、スマートフォーンがデジタルカメラやビデオカメラをあっという間に陳腐化させ、関連会社は手の打ちようもなく市場退場を余儀なく宣告されました。IT化はレコードに変わって世の中を席巻したCDを無用の長物とし、CDの売上枚数で飯を食ってきた音楽業界を窮地に追いやった。電子書籍は
出版業界・本屋さらには新聞業界を一気に打ちのめして、旧来の利権・権益を享受してきた業界が青色吐息という状態です。今までの歴史の中でもこんな短期間で世の中がひっくり返るという事例はなかったと言えます。
今後、更にAI・ロボット・電気自動車等々が社会の根幹を変えていくのは間違いなく、我々零細メーカーが如何なるスタンスで飯を食い続けていくかが喫緊で挑戦的な課題だと思います。我々弱小(正確には規模は小さいけれど決して弱くはない)
は安定を求めることなく常に新たな製品で世にどんどんと問い掛けていきます。ほとんど反応がない中でも、執拗に”売れるもの”を造り上げてゆきます。売れることが世の中のアプルーバルを得たことの唯一の証明なのです。我々が東芝やシャープ等々の不甲斐ない上場企業と異なる点は何が何でもという”必死の気概”なのでしょう。どん底に落ちても、目ん玉をギラギラさせながら何としても生き延びるためにがむしゃらにあがき続け、いよいよ陰が尽きて陽に転換するや一気に上り詰めていく力もあります。これが出来るのはどん底の悲哀を十分に味わって生き延びる知恵と突破力を身につけてきた人々に限られてきます。来年度からは更に我々の本領が発揮できる素晴らしい歳になることを確信して、今年一年の御礼を申し上げます。有難うごさいました。


事務所のすぐ近くの新桜通りを西に向けて力走!

昨日行われた郡山シティーマラソン、大声で一生懸命応援する私

平成23年1月06日から 
 平成23年12月29日まで   

そこで地域の最先端企業である我がオーミック電子(株)の出番となり、この1ヶ月熊・猪・鹿・ハクビシン等々の”排除”プロジェクトを近隣の有志の方々と立ち上げました。成功すれば、需要は日本にとどまらず、世界に拡がり、生産が間に合うだろうかと本気で心配しています。






平成15年10月26日から
  平成17年6月07日まで
      

平成18年9月03日から
 平成20年12月24日まで  

平成17年6月12日から
  平成18年4月27日まで  

平成21年1月07日から
 平成21年10月15日まで       
   

イノシシが山から下りて田んぼを荒らす

猪かハクビシンの足跡 と山間のトンネル

世界のスターバックス 左下には日本のオーミック電子が入った伊東ビルがある

つばくろ3兄弟(7/30/18)

秋の花 彼岸花とリンゴ


平成22年1月04日から  
 平成22年12月28日まで          

 
ずらりと並ぶOM5-10C/10Cq

平成24年1月07日から
 平成24年10月05日まで  

平成30年7月17日
この三連休はまさに命に関わるような猛暑でした。先の西日本豪雨にせよ、あってはならない災害をいとも簡単に受けてしまうというのは行政の問題であると同時に予測をはるかに超えた超ド級の豪雨であったっということなのでしょう。3.11の大地震と高さ十数メーターに及ぶ大津波も予測を超えた規模でした。この先。自然災害に限らず”予測を超えた、超ド級”の激変を伴う現象が政治経済を含むすべての分野で発生し、我々は試練の時を余儀なく通過しなくてはならないという気がします。

”海ゆかば”

30年を超えて新たな出発を

郡山市郊外のログハウスが多く立ち並ぶ山間の多田野地区は近年、山から下りて餌を求める猪の被害(田んぼ・畑や庭の作物が尽く荒らされる)で困り果てています。この写真の向こう側の田んぼは猪の運動場と化し、稲作は諦めたとの話。電気柵1本@500で何百本、電源にソーラ
を一式だと数十万は軽く超えます。

平成25年1月07日から
 平成27年10月06日まで

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国際物流展2018 エウレカさん出展

つばくろ4兄弟と親燕(7/23/18)

創業30年目にして事務所が手狭になり、たまたま、お隣のログハウス製造販売をされていた会津の会社さんが11月中に出てゆかれましたので、早速お借りすることにしました。
研究開発室(我々は開発小屋と呼んでいる)と合わせると十分な広さを確保できたと考えるところです。頑張ります。

平成28年1月15日から
  平成29年9月28日まで


       

UFOが飛んでいる?