ライン

平成15年10月26日                             今まで、いろんな会社のホームページを観てきましたが一言で言うと、面白くないのです。その会社の商売・仕事・人生にたいする考え方がほとんど見えてこないからです。世間に公にする以上、それなりのかみしもを羽織ってしまう、いろんな考え方の人が閲覧する以上、無難であたりさわりのない内容しか表現できないということでしょうか.。
                                       どんな大きな組織・会社であれ、弊社のごとく、小さな会社であれ、仕事をこなしていく過程で、いろんな壁・障害・失敗があり、それらを個々の会社経営者の価値観・哲学に基き、ひとつずつ克服して、しっかりと目標達成に向けて努力する(商売であればしっかりとお金を稼ぎ、しっかりと税金を払う、お医者さんであれば、患者さんをしっかりと完治すること - 商売をやってはだめ)ことに意義があるので、その姿を公にすることは会社の個性を打ち出し、姿をはっきりとさせることであり、そのことがお客さんとの距離をより短くして事業全体の活性化につながるものと考えます。                                               このコーナーでは時代の大きな変わり目に生きている個人として、仕事に関係なく日々、感じたことを、そのまま発言していくこととします。

実は今月の5日(日曜日)午後2時前に、ひと仕事終えて自転車で郡山駅方面に昼飯を食いに横断歩道をゆっくりと渡っていました。もちろん、青信号ですが、逆方向から来た左折する乗用車に跳ねられてしまいました。自転車ごと一旦ボンネットに跳ね上げられ、そのまま地面にたたきつけられ、左足がグシャっと潰された感覚を覚えました。左足首の脱臼と骨折(開放骨折といって肉が裂け骨が見える)、さらにひざ小僧の左下の細い骨も折れてしまいました。跳ね上げられ、ボンネットにいる間、”なんでこんなことになるんや”と怒っている自分を記憶しています。1秒たらすの短い時間のはずが、結構長い時間に感じられました。昔、タクシーの運転手さんから聞いた話ですが、工場勤めをしていてプレス機械の事故で手首をばっさりと落としたその瞬間に、今までの人生のいろんな場面やら、家族の面々の顔が次々と脳裏に浮かび、非常に長い時間に感じたという。私が感じた”何でや”という言葉には、結果が左足骨折という事故とすれば、原因となることは何なのかをおのずと意識していたように思います。因果応報の原則というのがあり、結果が出れば原因も消えて、とりあえず解消されるということで、生きてきた中での長い流れの中での決着がついた形になるわけです。2時間に及ぶ手術の前に、なぜがほっとして手術台に横たわっていました。いわばバチあたりとも言えるのですが、具体的に私が悪事を働いて人様を痛めつけたとかいう善悪レベルでの話ではないように思います。

休みの日の仕事というのは、このホームページの製作だったわけですが、3週間の間が空き、公開も大幅に遅れ、いまだ松葉杖の不自由な状態ではありますが、すっきりとした状態でさらにいい仕事をしていきたいと考えています。

平成15年11月10日(月)
リハビリの日々、痛あーい。左足首骨折だが、1ヶ月近くの添木固定で、上下左右に足首が動こうとしない。15分ほど、バブル温水に浸けて筋肉を暖めてから、マッサージしながら上下に曲げてもらう。涙が出てくる、油汗が出てくる、体力も消耗してしまう。痛いものは痛い。きれいな20歳を過ぎたばかりの理学療法士さんが、時として鬼ばばあーに見えてくる。今回の入院・リハビリで見えてきたことは、
(1)折れた骨が再生してくっつくき、裂けた筋肉組織が再びくっつき合い、かさぶたを落し、わずかな傷跡を残して再生するのも、外科医の技ではなく、自分の中に厳然として在る自然治癒力であるという事。外科医さんは消毒をしっかりと行い、骨を元の位置に戻し、ワイヤーで固定し、肉をたたみ縫製するが、あとは本人が直す気持ちでしっかりと食べ、リハビリし、なにくそと治癒力を全開するしかないのだ。時間はかかるが、確かに再び機能し始めている。摩訶不思議な生命力。

(2)松葉杖はスローライフを強制します。健常時のおそらく10分の一のスピードだろう。70Kgの体重を右足一本と両腕だけで支えなければなりません。社内をうろうろするだけで汗をかくほど体力を消耗するので、食欲は普段より旺盛となります。何よりも一歩一歩を注意深く丁寧に行わないとぶっ転げるので、自分の動作すべてを意識せざるを得ません。階段はどたどたどたと駆けるように昇り降りしていたが、今はゆっくりとかみしめるようにトコトコトコとやります。トイレもちゃんとお尻がセンターに居座り、お****も他を向いてないかチェックしないととんでもないことになります。
すべてのなんでもない日常的な動作、コップをつかむ・歯を磨く・ティシューで口を拭く、を意識することは自分の内面を見つめることにつながってきます。不思議ですね。
すごい悟りが開けるかも知れぬ、それで飯を食おう。

(3)次に見えてきたものは、すべてを他人様に委ねばならぬ状況、つまり、手術台での手術・その後の介護(少なくとも数日は看護婦さんにお任せ)のことですが、になると、見栄も恥じも外聞もないわけで、おしっこはチューブを突っ込まれて、寝返りさえお願いしなければなりません。ましてや手術ともなれば、お医者さんに任せるしかありません。こちらがああせえ、こおせえと指示したり、なにしとんねえへたくそ、もうちょっとうまくやらんけえとは言えません。任せるより仕方がないのです。
一旦、全部捨てて(自我・エゴか)しまうと、本当に楽です。私もいっぱしの自営業で、いかにして、お客さんに超音波センサを高く・多く売りつけてやろうとあれやこれや画策する(時々だ)のですが、まず思惑どうり成った試しはありません。格好つけてスマートに売りたいとか、何とか思うわけですが、そういう世界は大変です。
営業でもスカッとした楽な世界があるような気がする、今日この頃です。

Ohmic Electronics Co.,Ltd..
37Ban, Tutumi 2tyoume, Kohriyama-City, Fukusima Pref., Japan 963-0205 TEL: 024-952-7560 FAX: 024-952-7568

平成16年1月30日

随分と間が空きました。例の交通事故で1日おきのリハビリと、お客さんからの急な納期督促に追われ、余裕がありませんでした。いざ文章を書くとなると、やはり変に構えてしまい気の利いたことを書かねばと思うと億劫になったのも事実です。”何でも言ってみよう”なんて題目をつけながら、心の奥底で格好をつけようという卑しい意識があるのもまた事実。
ホームページ開設以来、約3ヶ月経ちました。すでに2万件以上のアクセスをいただきました。有り難いことです。ITの時代とか社会と言われていますが、実感としてすごさを感じています。弊社みたいな田舎の小さな会社でも、世の中に存在を知らしめることができ、仕事のチャンスをもらえるのです。お客さんの期待を裏切らない製品を迅速に納めれば、継続してご飯を食えるのです。しかも、メールでのやり取りは文章だけではなく、画像から動画・図面まで瞬時に安価に確実にできる、なんと便利なことよ。
上の写真にあるように、先週の木曜日の夜半から大雪で朝には車の屋根には50cm以上の積雪が居座っていました。東北というと冬場はしょっちゅう雪に埋もれているというイメージがありますが、郡山ではせいぜい5−6回の積雪をみるだけで、しかも30cm程度の積もり方です。太平洋側のいわきでは積雪をみるのは2−3回程度ではないでしょうか。
雪の日は好きです。周りが全き静寂に包まれるからです。雪はしんしん(深々と書くのか)と降ります。理由は簡単です。ノイズを新雪が吸収してしまうからです。少々、高感度の超音波センサを向けても音波は返ってきません。富山の気象協会の仕事で深雪計用の超音波センサを納入させてもらったことがあります。かなり高感度のものでしたが、降雪中はチャートがチャタリング状態です。昼間、雪がやんでぽかぽか太陽さんが照りつけて、少し融雪して硬くなるとばっちりと測定です。詳しい顛末は省力しますが、何度も近くのスキー場に通い実験を繰り返しました。深夜、駐車場に積もりつつある新雪の中で、ベランダからさおの先にセンサを取り付け実験もしました。スキー場からの帰りに、人気のない山道で車(FFのサニーディーゼル車)が溝にはまり、ぼう然と立ちすくしていると、3-4台車を連ねた一行がやってきました。車列の前方に立ち、大きく手を振って助けを求めました。怖いおっさんが先頭の四駆車から降りてきました。”何ぼ出すのや”、”手持ち1万円しかありません”、”よっしゃ、万札でええわ”。ということで、溝から引き上げてもらいましたが、やくざの人も、この時ばかりは仏さんに思えました。これも開発費の一部です。

平成16年2月29日

最近のはやり歌はモーニング娘以外はろくでもないと思い込んでいましたが、最近、衝動的に購入したCDがあります。平原綾香さんの”Jupiter”です。綾香さんの歌唱力も、勿論ですが歌詞が良いんです。かの有名な心理学者フロイトを越えるユングを彷彿とさせる人間存在の在り様を分かり易い言葉で綺麗に表現されています。
”Everyday, I listen to my heart
ひとりじゃない
深い胸の奥で繋がってる”
静かに眼を閉じ、リラックスして瞑想(内観)すると、人は皆”無意識層”で繋がっていることが分かる・・・・。
10分も座して、瞑想を試みましたが雑念ばかりで集中できません。この何年間は布団に寝そべることこそしょっちゅうありますが、飯を食うときとパソコンを打つとき位しかまともに座ることはありません。昔、まだ集中力がまともだった頃は、まさに自分が空間に浮いて、宇宙の母胎に抱かれ気持ちよく漂っている様子が実感できました。
弊社の代理店の社長で、合気道の道場の師匠さんが、いつも瞑想をやるように薦めてくれます。修練を積み”気”を自在にめぐらすようになると、自分の心身を上手にコントロールできる旨、説明してくれます。宇宙意識と繋がるとは、無理なく自然体で生きるというような事なのでしょうか。
”私たちは誰も、一人じゃない
ありのままでずっと愛されている望むように生きて、輝く未来を
いつまでも歌うわ、あなたのために”
と最後にあります。”輝く未来を”は我がオーミック電子のスローガンで、皆の名刺の左上に印刷してあります。これも気に入った理由のひとつです。
私がこの数年、年に一度、欠かさす出席するコンサートがあります。その都度、その人のCDを必ず購入します。もう5−6枚貯まりました。その人は知る人ぞ知る、新井英一さんです。筑紫哲也のニュース23のエンディングテーマソング”清河への道 48番”で有名になりましたが、もともとアメリカのカーネギーホールでコンサートを成功させた本格的なシンガーです。毎年夏に、ワゴン車に楽器・スピーカ等の機材一式を積み込み福島に来てくれるのです。白河市・福島市・矢吹町等々の小さい会場を借りてチャリティコンサートを開いてくれます。売上げはすべて社会福祉協議会を通じて身障者の人達のために全額寄付です。頭が下がります。私と同年代ですが、ライブなのに渋い声を張上げ、互いの魂が共鳴します。.おばちゃん達が前の席を占領し、新井さんにハンカチを渡し、汗を拭いたハンカチをうれしそうにバッグに収める姿を見ると興ざめしますが、男の私も惚れるくらいの迫力と実力を持った素晴らしいシンガーさんです。一度、CDを買って聞いてください。間違いなし。

平成16年5月09日

随分昔から経済に関するいろんな書籍を読み漁ってきました。経済は人間の欲望がもろに表出するという意味で、生々しい心の動きが見れるからです。
最近では、カナダ人記者が書いた3部作、"日本がアルゼンチンタンゴを踊る日”、”ヤクザ・リセッション - さらに失われる10年”それに”泥棒国家”です。政治家・官僚・ヤクザそれに時代の変化から取り残されたゾンビ大企業群の癒着が臆病な指導者達と相俟って、日本を駄目にしてきたという趣旨の本です。昨日読んだ本は、木戸次郎氏による”修羅場のマネー哲学"1億5千万円の借金を9年間で完済した男、ですが、共通して指摘されている点は、少子高齢化もそうですが、具体的にはベビーブーマーと呼ばれる昭和22年・23年・24年生まれの”団塊の世代”が数年後に定年退職してしまうことが、日本経済の大きな転換点になるだろうという点です。この世代のキーワードは熾烈な競争・学園紛争・ベトナム戦争・ビートルズ・ローリングストーンズ・ピンクフロイド・三里塚闘争・転向・フォークソング・高田渡・吉本隆明・二十歳の原点・フラワーピープル等々、枚挙に暇がありません。いびつながらもエネルギッシュで良い悪いは別として、確かに高度成長を支えてきたのだろうと思います。彼らは定年とともに否応なく退きますが、安心して穏やかな老後は送れません。彼らの変な優しさは、フリーターに代表される彼らの子供達を定年後も一生懸命、養っていく宿命にあるのです。このことが子供達をさらにスポイルさせ、日本はついには救いようもなくどん底に張り付いたまま息絶えるというシナリオが見えてきます。昭和24年1月生まれの私は性懲りもなく、80歳まで現役で頑張るぞと公言してはばかりません。

平成16年8月21日

8月10日で会社設立17年目にはいります。自分で会社を経営してみたい、一国一城の主になりたいとか言う気持ちはなく、知らない東北の地で、ただ自ら挑戦してみたい(弱いくせに)という漠然とした気持ちだったように思います。実際スタートしてみると、チャレンジするというような格好の良いものではなく、今もそうですが、思いどうりにならないことの連続でした。思いどうりにならない人生を挫けず腐らず歩み続けるなかで、人の気持ちも少しずつ分かるようになり、我慢することの意義が理解できるのだと思います。こうして、好きな仕事を元気でやれていることに感謝しています。税理士さんがおっしゃるには会社の寿命は”30年”とのこと。私の発想でやれるのはあと10数年、その後はまったく別の人にバトンタッチして一切、仕事から手を引いて仙人になろうか?
大きい組織で効率の良い仕事をするのは難しくなったのだろうと、最近思う。人間存在そのものが歯車(パーツ)としてのみ機能しては存在感を実感できない為だろう。時代が変わったからではなく、人はそういうものだろうと思います。みんなが自分の存在をかけて自立する方向で動き出すと、もっと日本もワクワクドキドキの面白い国になるだろうな。
オリンピックたけなわです。圧倒的に女性の活躍が目立ちます。本当に女性が強くなってきた、というか男が情けなくダメになってきています。女が強くなったから良いというものではない。これは忌々しき問題なのである。男と女の本来あるべきバランスが崩れてきて、女性が強くならざるを得なくなってきています。女はどこへ行ってもなんでも良く食べどうでもよいことを飽きもせず良くしゃべります。ホテル・レストランへ時折、気分転換に飯を食いに行きますが、85%は色気はとっくに抜けてるけれど、派手なブランドアクセサリー・服で着飾ったオバちゃんが蔓延っています。情けなくなります。ある人が”女に腕力が備わっていたら男の居場所はない”といみじくも、のたまいました。
男は天(真実・理想を求めていく)、女は地(現実に足を置き、男をしっかりとサポートする)の原理で在るべきなのです。男がふやけた現在、”武士道というは死ぬことと見つけたり”が新鮮に響いてきます。男は自分に与えられた使命に命がけで狂ったように邁進しなければならぬのです。ちょっと格好つけすぎですかね。

平成16年10月22日

台風23号も過ぎ去り、駆け足で秋も過ぎ去ろうとしています。生きていく中で年齢に関係なく、”局面”というか”のるかそるか”というか、この壁は乗り切らないと一歩先に進めないという試練は必ずあるようです。理屈抜き・能書き抜きで突破しなければならない試練という壁で、これを乗り切ればその先に新たな世界が開けてくるというような人生の節目節目に現出し、上手くクリアーすれば人間を成長させ心地よくさせるホルモン(脳内麻薬)を分泌させてくれます。
この一週間はいろんな問題提起が一挙になされ(私が招き入れたのでしょう)、限られた物理的な時間内に解決というより処理しなければならない状況にはまりました。
仕事上のこと(営業交渉・クレーム・製造調整等)も含んで、いわゆる人間関係といわれる、老齢の親の事・兄妹の事・子供(娘)の事・伴侶の事・仕事仲間のことがそれぞれにさまざまな形(現象)をとり、私に問いかけてきました。私が今後、さらにどういう価値観を持って生きていくのかを私の選択(発言)によって自ずと決定を迫るものです。日々の生活の中でも、その人の発言・行動様式はその人の価値観・生き方を顕すだけではなく、その人の価値観そのものを形成していくものです。仕事でも思いもかけぬクレームがきて、しかもその原因が必ずしも自分の責任とは言えぬ、といってもお客さんの責任とも言えぬ場合の対応は、まさに自分の価値観(人生観・宗教観)が出てくるものです。天に向かって恥じぬ対応が求められるところです。この一週間は大いに成長させられたと”しんみり”と味わっているところです。もうひとつ、人さまからお金をいただくことは本当に大変なこと(責任)だと”しみじみ”秋の夜長に思っています。ありがとうございます。


平成16年10月31日
今日で10月も終わり。ホームページを立ち上げて1年ちょっとなりました。全国各地から多くの問合せ・電話・メールをいただきました。”お前のところのホームページはファミリー的でおもろいけど、仕事頼んで大丈夫やろか?”、隣に座っている同じ会社の部下さんに”一度、ホームページ読んでみ”と笑いながら、ある東京丸の内にある大手の会社の課長さんから冷やかされました。また、ある工場で各セクションの担当者さんが数名面談され、私が何も話さないうちからクスクスと押し殺したような笑い声がかすかに聞こえてきます。”足のほうは大丈夫ですか?”と言われ、ああホームページを読んでもらっているんだと、どことなく恥ずかしい思いをしました。なんか、昔からの知り合いみたいでいろんなことを率直に話せるのはありがたい事です。
お問合せを頂いて、いつもしつこくお尋ねするのは、どういう使い方をされるのか、検出距離・屋内外どちらか・複数個使用か単体使用か・制御部分からセンサーまでの距離・外来ノイズの有無・温度変化と空気の対流があるかどうか等々、出来るだけ詳しくお聞きするようにしています。商社さんからは機種名を言われて、価格と納期を出して欲しいと、簡単に言われますが、私が最も気になるのは”問題なく使用できる”かどうかです。価格・納期以前の問題です。せっかくご購入されて、設置され、2−3ヶ月経って、トラブルまみれになるケースは多々、あったからです。ただ、買ってもらえば良いのではなく、問題なく動作して、お客さんに良かったなあと思ってもらい(当たり前の話だが、上手く動作してシステムが順調に稼動したからと言ってわざわざ電話であれ感謝の言葉を頂くことはまず、ない。トラブルとなると機関銃のごとくメタ撃ちされること間違いなし)気持ちよくお支払いを受けることが理想です。当たり前と言えば当たり前のことですが、これをやりこなす・やり続けるのは相当努力しなければかないません。今後も、この当たり前のことを”ちゃんと”やっていきたいと思います。
年齢のせいか、風邪をこじらせて3週間目にはいりました。ゆっくり休養して治せばと思いながらも、ついつい無理をしてしまいます。今月中にはすっきりとして来月からガンガンと頑張るぞと思いながらもこうしてホームページを書いています。それなりに頑張れるのもあと、10年から15年と覚悟していますが、何が嬉しくて生きているのかと時々、考え込むときがあります。仏教で”四大苦”として生老病死とあります。老病死は分かるのですが、生(生まれてくることなのか、こうして生きていることなのか分かりませんが)が何で”苦”なんだろうかと思ったことがありました。生きる意味を考えた場合、やはり生きること自体が”修行”なのであって、修行を経て己を磨いていかねばならぬ、人生はこの修行の繰り返しであり、生きる意味もこれにあるんだ。と思うようにしています。その先に、何があるのだろうかについては、今の私の頭ではわかりませんが、分からぬことは無理に結論を出す必要も無いと・・・。冬にむかう秋は彼岸の世界に誘います。11月からは突進だ。

平成17年1月5日

新年明けましておめでとうございます。中越地震・スマトラ沖津波等々ヤバイ感じの事象が連続的に起きていますが、取りあえず新しい年を迎えられたことはリセット・再スタートという意味で、心新たに頑張ろうということを含めて”めでたい”と思えます。大変な激動の年になるようですが、心静かに対応(心の奥底ではざわざわと騒いでいますが)してゆきたいと考えています。
年を重ねるにつれて時の流れが加速するというかスピードを増していくようです。これは、老齢化に伴い思考力・集中力の低下と長年生きてきて今更、感動する気持ちがなくなっていくことが主な原因とも言えますが、世の中・周辺に起きるさまざまな現象に惑わされず時空を超えて達観できるよう(真実を見据える)になっていく過程での脳内変化ではないのだろうかとも思っています。人の設計者がいるとするならば、そういう風に設計されていてもおかしくはないだろうと。年とともに穏やかで平穏な人相になり、今上天皇陛下のように何事も受け入れてニコニコとああそうかと肯く。最期は静かに光の世界に入っていく。
現状をみると残念ながら逆コースを突進しているいい大人がやたら多いようですが。老後の生活の安定とかいう屁理屈をつけて、せっせと身の回りに金・物をかき集めて、少しでも減ると不安感で顔がひきつり夜も眠れない。本当に考えなくてはならないのは死んでからのことなのにね。せっかくの老齢化というチャンスを活かさねば豊かな老後と死後を過ごせないだろうにと心配してしまいます。
本年も悔いのなきよう、一生懸命”いい仕事”をしていきたいと思います。
宜しく。

平成17年6月7日

こないだ正月を迎え、決意を新たにスタートしばかりですが、すでに半年近く経ってしまいました。日々、めまぐるしく立ち回っているわけですがゆっくりと内省して思いを深める時間がないようです。情けない人生と言わざるを得ません。反省。
来週からは、趣を変えて今流行の”日記帳”風にスタイルを一新してもっと多くを語りたいと思います。乞うご期待。