平成17年6月12日
沖縄から甲信越まで梅雨入り宣言です。5月の鬱陶しさから比べると梅雨は決して嫌な季節ではありません。五月病とは言いますが、六月病とか十月病とはいいません。新緑芽吹く5月には人を狂わす何かがあります。この季節は”俺はもうダメなんだ”と思わせる変な空気が漂っているようです。おそらく、むんむんむれむれした自然界の圧倒的な生命力が噴出するエネルギーに圧倒されて、快適・便利・清潔で弱体化した人間どもがうろたえざるを得ないのでしょうか。鬱病が蔓延しています。中高年・若年層の自殺者が年間3万数千人にも及ぶとの統計が出ています。フリーター・ニートと呼ばれる数百万人の方向性を見失った(模索する)若者たち。異常でしょうが、どう考えても。
何かに飢えたように目ん玉をぎらぎらさせ、がむしゃらに前に突き進んでいく、そういうイメージの人間が確かに少なくなっています。目先の損得に右往左往するおっさん・おばさんは多いが、この人たちは毒にも薬にもならないからどうでも良し。人間も自然界の一部とするなら五月の命の爆発に勝る人生のギラギラした素敵な表現をしなくてはなりません。
先週、銀行が来て”資金を融資させて欲しい”とのたまいました。ふざけるな、しかも忙しくしている時に、何のアポイントもなく”担当が替わって挨拶代わり”と言う。銀行と言うだけで、中小企業の親父だったらヘコヘコと何をおいても会って当たり前という慇懃無礼な横柄さが伺える。こいつらが日本を駄目にした張本人と直感した。人様の通帳にそれなりの現金があることを知っていて、必要もない資金を融通してやると言うのだ。”今まで、銀行にお金を借りることのないように経営することを第一義としてやってきたから、金がなくても銀行から借りるつもりはありません”と一蹴。0%金利でお金がだぶついているとの話、一方で資金繰りにままならず夜逃げまで考えているあまたの零細企業群。何の資金運用能力もなく、不良債権の引き当てと国債の購入に専心している銀行。これじゃあ、日本もまだまだ景気回復どころかさらに地獄の底を目指して落ちて行くよりは他ないだろう。


平成17年7月10日
お客さんからの依頼でセンサの調整に現場に同行し、一緒に仕事をさせていただくことが少なからずあります。先日もある鉄道会社の駅に午後10時に入り、翌朝の10時頃まで、始めての徹夜作業に従事しました。列車が止まる深夜でなければ作業が出来ないのでやむを得ませんが大変な労働であることを実感しました。センサの調整がうまく行ったかどうかを見極めるために始発列車の通過を待たねばなりません。
いわゆる世間で言われる東証一部上場で誰でも知っている大企業さんだと、さぞかし偉そうに威張って仕事をしているなどと言う幼稚な憶測がありますが、いつも思うのは客商売はどう転んでもお客さん第一であるという当たり前のことを再認識させられます。お客さん抜きにビジネスは成り立ち得ないと言うことです。お客さんの意向を何とか満足させようと一生懸命、汗かきべそかき頭と身体を使う姿は我々零細中小企業と重なり合います。私の立場はというと、大切なお客さんのお客さまなので気の使いようは2倍3倍となります。疲れます。調整などうまくいって当たり前の世界、”お疲れさん”と声をかけてもらうだけでも有難いというもの。
ちょっと会社が大きくなると、仕事が組織化され、営業と技術が分離され、さらに経営トップが現場から離れていく傾向となります。営業が必死に現場からの声をあげても技術にも経営にも届かない、仮に届いても、其の声の真の意味が汲み取れないという弊害に陥っていきます。
新製品開発は技術の人がデスクに座って図面を描いて出来るものではありません。技術陣はとくに、現場での苦労・苦悩をわが身の生死に関わることと知り、始めて開発が成功するのだろうと思います。技術だから世間知らずで済む時代は過ぎ去っているのだろうと痛感しています。一たす一が三になったり、一にもなり二にもなる世間であれ、大局を見通して揺るぎのない技術を確立することを目指さなくてはなりません。
明後日も現場立会いで、厳しい対応を迫られそうです。頑張ろう。


平成17年7月31日
プロ野球も後半戦に入りました。広島県生まれなので勿論、広島カープファンです。理屈ではなくカープを応援するのが当たり前という幼少からの雰囲気を自然に受け入れたわけですが、特に巨人戦となると応援にも熱が入ります。後楽園でジャイアンツの攻撃の際にはボロカスに打者を罵ります。”こらー、ぼけー、かすー、死にさらせ”と周りの広島ファンの人たちからもひんしゅくを買いそうな言葉が自然に出てきます。最近は歳のせいか、もう少し冷静に観戦しています。決して個々の巨人の選手が嫌いなわけではありませんが、体質的に巨人という恵まれた?勝って当たり前な組織でエリートぶって居るというだけで男らしくないと思えるのです。男は逆境に居て、困難な状況をバサバサと切り開いていくべきと考えているからです。これも理屈ではなく、そうあるべきだとDNAが騒ぐのです。男は度胸、女は愛嬌であるべきなのです。
今も、中日相手に巨人は哀れなくらいにボロ負けです。中日野口投手にノーヒットノーランをされかねないくらい弱くなっています。後半戦初戦の阪神に対してもやっと、1勝2敗。福島 相馬高校出身の俊足 鈴木を始め若手を起用してもままならず。どうしたのでしょうか?
今まで伝統のある巨大で力も金もある組織と言われた”巨人”が一転して凋落していくケースが多々あります。私の好きだったチーズの雪印・貧乏な私の憧れだったパジェロの三菱自動車・あのソニー(私はVAIOを3台も持っている、株価もがた落ち)でさえ、ブランド力1位の座からすべり落ちました。組織が巨大化しすぎて動きが鈍くなったのか。恐竜が滅びて哺乳類に取って代わったことと原因を同じとして良いのだろうか。ジャイアンツの弱体化を見てみると、組織の肥大化とは関係ないように思います。恵まれすぎて、ハングリー精神が失せてしまったのだろうか?恵まれて豊かになることは、人間の潜在能力をさらに引き出し、限界成長に大いに貢献するはずですが、清原(デブ番長、格好つけんな、身体を鍛えよ)にせよ、江藤(広島時代はギラギラしていた、阪神に行った金本を見てみよ)、ローズにしろ、なぜかキンタマを抜かれたように野性味が消え失せてしまった。組織の問題と個人の問題が”巨人の弱体化”に関係していると判りますが、それとは別に”時代の流れ”が旧制度の権威を意図的に淘汰しているのかとも思ったりしています。ジャイアンツが何故弱くなり、面白くなくなったのかは私にとって無関心ではいられないのです。先ほど、小久保(唯一、私の好きな巨人の選手です、頑張れ小久保さん)が野口からホームランを打って、記録はならず。結果は4対1で中日の11連勝。なさけねえなあ、頑張れ、ぼけジャイアンツ。


平成17年8月31日
総選挙公示で日本中ざわめき立って来た。飽食の時代でそれなりに満たされていながら突如、大きなクレバスの只中に突き落とされるのではないかという不安感が奥底でうごめいている。明日も今日と同じように飯を食っていけるのだろうか?という存在を揺るがしかねない状況下で、日本の今後をどうするかという政治レベルの話にはなかなか思いが至らないというのが実情だろうと思う。好きで好きでたまらない彼女の関心を得られない、つれなくされる若者にとって郵政民営化がどうなろうと知ったことではない。吉本隆明さん(余り好きではない)の言う”対幻想”を”共同幻想”に繋げる作業は容易ではない。選挙で世の中が良くなるなどということは単純には信じられないし、個々の内面の価値観・ありようがひっくり返らないと個の幸せもありえない。自分が満たされないで他人も世の中も幸せにすることなどは決して出来ません。
今月の終戦記念日(敗戦記念日という人もいる)に、靖国神社に参拝してきました。戦没者の鎮魂のためです。多くの無念な気持ちで亡くなられた方々の気持ちよ安らかにと二礼二拍手一礼してきました。昼前に地下鉄 九段下に着いて10分も歩けば境内に行けます。すでに大勢の参拝者が列を成していて、参拝できるまでに1時間半以上は待たねばなりませんでした。炎天下、多くのご老人にとっては相当な消耗だったと思われますが、じっと戦没者に想いを馳せ少しずつ列を短くされている姿には頭が下がりました。靖国神社さん、老人には別の列を設けて早く参拝できるように配慮してあげてください。
戦勝国が敗戦国を一方的に裁いた東京裁判でA級戦犯とされた人たちを分祀すればなどという議論が中国・韓国に変な気を使うメディアのなかにありますが、馬鹿な話です。日本のため、先祖子孫のため、命を落とした先輩たちのために感謝と鎮魂の祈りを捧げる行為は当たり前のことです。多くの戦死者と呼ばれる人たちは、派手な戦闘行為で亡くなられたというより、流れ弾にたまたまあたってやられたとか、餓死・輸送船の沈没による水死・マラリヤ等による哀れな病死でお亡くなりになったというのがほとんどで悔しさ・無念さが想像され心が痛みます。
こういう日(終戦記念日)には戦没者に対し、しっかりと手を合わせ深く頭を下げ安らかな魂を祈るという基本的な営為の原点に立ち帰らなければ個人の幸せも国の繁栄も無いだろうと思います。







平成17年10月27日
9月10月と2ヶ月近く間が空いてしまいました。秋も収束にむかい初冬を迎えようとしています。8月末に父親が急遽入院し、毎週末は京都市郊外にある病院に看病のため福島から通いました。肺炎と心不全を併発し、入院してからあれよあれよと言う間に症状がすこしも改善することなく悪化の一途を辿り、9月22日早朝に永眠いたしました。本人は1ヶ月近く不眠不休でほとんど食事も水分も取ることなくマラソンを走り続けたと言う表現がぴったりするほど頑張りました。最期は延命措置をきっぱりと断り、死ぬ前日は私の制止にもかかわらず酸素マスク・点滴チューブを自ら取り外そうとしていました。父親が苦痛に顔をゆがめてのた打ち回る姿を見ること、また、本人の意思を無視して力づくで押さえつけるのは子供としては非常に辛いものがあります。死は避けて通れませんが、病院での尊厳無視・検査浸け・抗生物質浸け医療だけは御免で、自分のときは絶対、病院には入院しないで死のうと、しっかりと決めました。特に老人が肺炎などで病院に入院するとほぼ間違いなく”焼き場”まで直行という話を聞きましたが納得しました。ベットにじっと寝かされ薬浸けにされれば健康な若者でも死の淵まで引きずりこまれます。メンタルな安堵感・安らぎ感を与える雰囲気がなければ滅入ってしまいます。嫌な言葉ですが、生きるも死ぬも(生き方も死に方も)自己責任で明確に決めなければ、他人任せ・権威任せでは何をされても文句も言えないというところでしょうか。
死ぬこと自体はさほど怖くありませんが、気持ちよく、潔く死すことは非常に大切なことと思います。生きている間は悔いのなきよう目一杯努力することが大切。死んだらどんな人も仏様になるんだと気軽な慰めごとを言う人が多いわけですが、あの世に行っても魂のレベルに応じていろんな階層があり、輪廻転生の因縁から抜け出るのは並大抵な努力では成し得られません。生きていても死んでからも日々、真面目に努力するしかないようです。喝。



平成18年1月06日
新年明けましておめでとうございます。1月9日まで年始休暇としていますが、先月から例年になく大雪が降り、冷凍庫の中に閉じ込められているような厳しい冬です。こんなにも寒い日にはなるべく仕事もしたくないというのが本音。2月半ばまでは冬眠したいと言うところ。
昨年10月19日より禁煙としました。健康診断で不整脈が発覚、タバコの量を減らしますと言いましたが、医者からは、きっぱり”禁煙したほうが良いでしょう”とズバリ。親父の肺炎が原因の死も動機のひとつか。呼吸で苦しみながら死んでいった父親の姿を見ていて、親からもらった身体を粗末にしてはバチが当たると思う。最大の動機は、喫煙し続けていること自体が本人の意思力が弱いため禁煙できないと思われることが”意に反する”ことで”そうではないよ、嗜好の問題で好きで吸っているんだ”ということを証明するため敢えて禁煙に突入した。
ほぼ3ヶ月目になりますが、体調が良くなったとか・健康的になったとかは感じません。今でも、ガンガンタバコを吸おうと思えば吸えます。おもちゃを取られてすねた子供みたいな言い方になっていますが、タバコは私の体質に合っていると今でも思っています。しかしながら、最大の気付きは、タバコを吸っても常にニコチンを欲しがる禁断症状は継続している点です。1本吸って30分も経つと次の1本が吸いたくなるということ。エンドレス。であるならば、ズバッと止めるほうが禁断症状は結構、きついものがあるがエンドレスにストップがかかる可能性がある分だけマシであるということ。このことは真理の大発見であります(読んだ人は得するよ)。
禁煙を始めてから、禁断症状による相当なストレスのせいか、身体の動きが鈍くなり、やたら眠くなり、日によっては始業時の9時に再度、眠りにつき1時間ほどばったりということもありました。仕事上の話は別としても、他の人と会話をするのが億劫になりなんであれ不安感にさいなまれるという最悪の状況が現れて来ました、うつの症状です。
20数年も前から誕生日前後になる(1月10日)と手足ひとつ動かすのがやっとでじっと部屋の隅で寝るかじっとしている、たまに外出して買い物に行ってもレジのおばさんと目を合わすのが怖い、この先生きて行く自信がない等の現象(心身の変調)がありました。私なりにBirthday Syndrome(誕生日症候群)と呼んでいました。
実は誕生日には関係なく、うつ病の一種で”季節性うつ病(冬季うつ病)”というのがあることが先月分かりました。日照時間が冬季には短くなることと、冬には身体を動かすことが少なくなることなどが原因で、セロトニンという脳内の神経伝達物質が不足しうつ状態になるようです。
冬は本来ならば熊と一緒で、たらふく食べて穴倉で春まで冬眠というのが極めて自然な営みであるにもかかわらず、無理無理、脳を含めた身体を働かすために起こる病気が冬季うつ病と捉えています。私の冬眠を求める脳・身体のほうがまともなのかも知れません。パキシル・ドグマチールという2種類の薬を処方してもらいましたが、なるべく飲まないようにしています。朝夕30分の散歩をメインに治療中。春の到来(二月始めに)とともに治ります。うつ病は心の病ではなく脳(主に神経伝達物質)の病です。多くの人たちがうつ病をこじらせ自らの命を絶つまでにいたっていることは心が痛みます。これを機に、うつ病対策(薬も効果あり)を客観的に極めてみたいと思ったりしています。

平成18年2月01日
いつも思う、光陰矢のごとし。Time flies like an arrow.とね。光陰の光は”日”のことで、陰は”月”のことだそうです。1月行った、2月逃げた、3月去ったと・・・。毎年、あっあっああーと過ぎ去った日々を嘆いています。”本当にあっと言うまに経ってしまうなあ”と笑っていられるうちはいいのだが、灯のついたローソクがだんだんちびて(短くなる)いってあと少しで間違いなく灯は消えるのが見えた時は少なからず慌てます。体力も知力も記憶力もすべてが劣化するなかで、残された日々をどう過ごすか、出来るならば穏やかに楽しく、は重要な課題ではあります。死ぬまでに自分に課された使命は何で、果たしてクリアーできるのだろうかという高尚な内省とは別に、死ぬまでに人並みの生活レベルは確保できるのだろうかという現実的な問題も浮上してきます。
60歳前後から80過ぎまで約20年夫婦で暮らすとした場合、年間360万円必要として7,200万円生活するだけで要ります。このうち、年金部分である程度賄えるとしても、数千万円は必要だという計算になります。どこにそんな銭があるんや、こら!!という話になります。老いてもなお、金を稼ぐために右往左往しなくてはならないようで、哀れ我が人生とつぶやきながら三途の川を渡っていくのでしょうか?ああ、いやだいやだ。
というわけではありませんが、経済に詳しいと自認するわたしがいよいよ株式投資に挑戦しようと動き始めています。経済本はこの20年間いろいろと読み漁ってきましたが実際的に投資するという実務的なことは一切合切やった事がないためこの数週間、イートレードも含めて投資関係の書物をいろいろと読んだり、シュミレーション的に銘柄を決めて様子を見たりしています。四季報やらチャートを参考にしていますが、目先1週間の予測さえまず当たりません。自信はまったくありません。かなり、ガックリ来ています。わいは勝負師で度胸では誰にも負けへんでと思ってた?が度胸だけでもダメなようで、チャートを使った難しい手法はひとつの目安で必ずしも絶対的なものでもない、となるとなんなんだ、株は。ちょっとした小さな当初の要因の差が後で大きな結果の違いになったりならなかったりする”複雑系”であり、予測不可能らしい。
しかしながら、世界的にだぶついている(急騰で余りあまったオイルマネーを含む)お金やら、日本国民が銀行やらタンス預金している(利子の付かない金)金、そして郵政改革でで放り出されるお金やらで、これらがかなりの部分株式投資に回るとした場合、個々の企業の業績に関わりなく株価は急騰し続けるようです。日経平均で7−8万レベルという話まであります。今が、1万6千円程度なので、最低3倍になると計算すると、なけなしの退職金(私は自営業なので退職金はいただけない)2,000万円とすると2−3年で6,000万円となる計算だ。これでやっと世間並みの老後が送れるというだけ。優雅な老後とは程遠い。
バブル崩壊後のデフレを経て、今度はどんな踊りを舞うのでしょうか。祭りの後は必ず来るものを。私の挑戦は今後、詳細にご報告いたします。自社(オーミック電子のこと)を上場し、創業者利益をがっぽり懐に入れて、さらにホリエモン流に株式分割を繰り返しやり、がばがば数百億単位のカネを動かすんだあというなら面白そうですが、ひと様の会社の経営分析して投資し儲けた・損したという自分の姿を客観視しますれば、経営者の端くれとして情けない気持ちも湧いてきて”何をしとんじゃ”と思いもしています。まあまあ。

平成18年4月27日

何だ、この忙しさは。気力も体力もない60歳を目前にしたおっさんは相も変わらず仕事に追われ、これだけの短文を書く時間(というより心の余裕)さえありません。
こんな調子で時間が過ぎていけば、”わいの人生何だったんや”ということ間違いなくなります。
老いていくことは、若い頃には分からなかった色んなことが分かるようになり人生にも深みが増して来て肉体的には衰えるが精神的には充実してくるものだと勝手に考えていた。
ところがどっこい、歳とともに何事にも決断が遅く、迷いばかりが増えてきたように思う。肉体的衰え(具体的には、視力・記憶力・咀嚼力?のヒドイ衰え)とともに、気短か(怒り易い)気むづかしさ(素直でない)我がままばかりが増長して自分でも手に負えなくなってきています。