12年前の2003年にセンサーを取り付けた当時の写真

平成15年10月26日から
  平成17年6月07日まで
      

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平成27年4月20日

”左巻き”は何故、日本が嫌いなのか?を考えてみました。
マルクス主義経済学が主流だった。立命館大学法学部では”経済原論”という単位で講義を受けていた記憶があります。階級闘争という対立があり、それは資本家と生産手段を持たない労働者との間で必然として起きる階級対立である。先の第一次・第二次世界大戦に見られた国家どおしの争いではなく、資本を持つものと労働力しか持たない労働者との闘いです。民族国家対民族国家という認識ではなくインターナショナルな階級対立という概念が根底にあり、個々の単一国家を超えているというか関係ないという方が正確と思います。
10.21国際反戦デーという特別な日がありました。懐かしい日ではあります。そんな日に皆が合唱する勇ましき”左翼歌”がインターナショナルです、

”立て飢えたる者よ
 今ぞ日は近し
 覚めよわが同胞
 
 いざ戦わんいざ
 奮い立ていざ
 ああインターナショナル
 我らがもの”

万国の労働者よ、団結せよ!!。日本国家という概念は完全に消え失せます。日本という資本家で構成される国家権力は打倒すべき標的に過ぎません。1970年の安保闘争時にバカな過激派の友人が勇ましくのたまわっておりました”国会議事堂をバズーカ砲で打ち砕け”と。議事堂を破壊してどうなるのだと思うけど、本人は自分の勇ましい言葉に酔いしれている、本当に馬鹿だと思った。
強欲な資本家と搾取され哀れでかわいそうな労働者という構図はいかにも優しい日本人のメンタリティに訴えかけてきてきます。左翼思想に汚染される土壌が”正義の味方日本”にはあったのではないかと思う。とりわけ正義感の強く社会経験がなく頭でっかちの学生にとっては染まり易いデマ思想と言える。国歌斉唱と国旗掲揚も天皇を頂点とする日本国家権力機構を精神的に支えるものなので断固拒否となります。日本を貶めることこそが万国の労働者の地位向上につながるという理屈です。
最大の問題は戦後左翼のリベラルな知識人たちが理想とした社会主義国家のすべてが破綻もしくは共産党の強欲で無慈悲な独裁国家でしかなかった点です。彼らは何を目指して歩むつもりなのか?唯一、彼らの主張や行動が貢献しているのは”階級闘争”と軌を一とするボーダレスな”グローバリズム”と言えます。彼らの敵とする金融”資本家”を結果的に利することとなっています。
ここに至って、なを反日・反権力・脱原発・反戦平和・平和憲法・反基地・人権・地球市民・親中、親韓を標榜する人たちは地獄の道をまっしぐらという他ない。またその日ができるだけ早く来ることを願うばかりです。

平成25年10月29日

五月のゴールデンウィーク明けから、御茶ノ水にある東京医科歯科大学附属病院に再入院、そして六月始めまでの1ヶ月間にわたる低用量抗がん剤(シスプラチン)と放射線治療(トータル40gray)を経て、8月中旬の最終ミニマム創手術のため、随分と間が空いてしまいました。
病気のこと、入院生活のこと等を書き綴ればそれなりの内容となるのでしょうが、自己顕示欲的な”闘病記”にもなりかねませんので、今後、折に触れて気持ちが向けば書いていきます。今回は一回目。
ある日突然、あなたは悪性のガンですぐにでも手術を受けないとダメですど言われると、やはりどんな猛者でも慌ててしまいます。下手をすると死んでしまう、仕事はどうなるのか、家族にはどう話そう、まだ死にたくはない等々いろんな想いと考えが交錯します。二人に一人がガンに罹り、三人に一人がガンでなくなる時代なので、このような状況は希なことではなく常に、誰だって経験するありきたりの風景なのです。
四回の入退院を繰り返し、延べ79日の入院生活を終えた今思うのは、日々日常の極めて当たり前の生活、歩いたり話したり、おしっこができたり、うんちがスムーズにでたりすることは、実は当たり前ではなく絶妙な身体機能のバランスの上に成り立っている奇跡の発現だということです。普通に身体が不自由なく動かせるだけでも本当に有難いことなのですが、このことは病気にでもならないとちっとも実感としては分からないものなのです。さらには、このせっかく頂いた奇跡の発現が十分に活かされもせず、ただ、漫然と人生を終えてしまっているのが実情で、もったいないとしか言いようがありません。いま思うのは、あと十数年?の残された命をどのように使うかということです。考えても良く分かりませんが、ただ、やり残したと感ずることを少しでも埋めるよう時間を使わねばと思います。ついつい惰性に流されなかなか実行に移せませんけどね。現世の娑婆でしか出来ない事があるように思います。

平成25年5月07日

せっかくの連休なので普段なかなか行けない海と山に行きました。海の匂いをかぎたいと伊豆大島に飛び、波の音と潮風に身体全体がすっぽりと包まれました。海は命の根源なのか懐かしさを感じてしまいます。新緑の輝きも海のきらめきもすべて溢れる光があってのこと、光と風とを全身にじかに感じて、何であれ命があって生きてることの喜びを味わえるGWではありました。
今日からは仕事の再開です。あまり長い休暇もぼけてしまいます。今週一杯はなかなか本気モードにはなりようがありませんので、前もってご容赦くださいませ。
絶好調、アベノミクス。経済だけではなく外交においても素晴らしい実績をあげています。
ロシアとの密なる関係は日本の国益に利するだけではなく、世界のためにも大きな貢献が出来るものと確信しています。ロシアの地下(化石)資源・森林資源・人的資源と我が国の微細な職人的技術が結びつけば鬼に金棒で互いにとってプラスのみです。まず、経済が良くないと駄目です。経済が潤沢にうるおい、皆のお腹が十分満たされ未来に何がしかの希望・光が見えて始めて文化が花咲きます。
もともと私は大阪外国語大学のロシア語学科に行き、シベリア開発に携わることが高校時代の夢でした。夢は破れるもので、二度の挑戦もむなしく入学はなりませんでしたが、未だに
シベリア開発がまともになされていない現状に情けない思いをもっていました。ロシアの突然の参戦・シベリア抑留・北方領土等々の悪夢が根強くありますが、これらの問題は経済を互いに良くすることにより解決されるものと考えます。そういう意味で今後の日露関係を期待を持って見守りたいと思っています。

平成26年5月06日

先週金曜日の5月02日に、ほぼ5ヶ月ぶりに東京医科歯科大学病院泌尿器科の外来診療を受けました。主治医の木原教授は”神谷さん、本当に順調ですね””ええ、有難うございます。始めて診断を受けた時は、悪いガンのうちでも最悪ですと脅されましたからね””いやいや、脅したのではなく、本当にそうだったんです”と厳しく言い返されました。
幸いにも昨年8月の手術は木原教授自ら執刀していただき、最新のロボサージャン・ガスレス・シングルポート手術(CO2ガスを使わず、コインサイズの単一孔(穴)でロボットの様に機能を高めた術者達-全員、3Dヘッドマウントディスプレイを装着して同じ画像を共有-が行う最新手術)で万全の体制で行われたこともありますが、膀胱癌は極めて再発し易いため、標準治療としては膀胱全摘が通例なのです。術後経過が順調で良かったのは大変嬉しいのですが、一体、何が原因であれだけ酷いと断言された極悪性の膀胱癌が、全摘ではなく部分切除だけで”本当に順調ですね”とまで言われる状態になったのだろうかと考えています。
同じ病室だった人で、再発で入院され全身転移の可能性を前提に化学治療(抗がん剤)を受けていた同年代の男性や、再発を繰り返し数年に渡り入退院を繰り返して、すっかり病院スタッフさんとも馴染みになっている優しいTさん。同じ膀胱癌でも進行具合・顔つき(悪性度)・転移の有無等で個人差があり、一概には言えませんが、私には春ウコンが効いたのではないかと確信に近い想いを抱いていて、今でも継続して服用しています。。一時は、抗がん剤で体力を削ぎ落とし、正常細胞までも破壊して辛い目にあうよりも、春ウコンの服用だけでほかの一切の治療をやめようと決心した時も有りました。もうひとつは自分の癌は、慶応大学病院の放射線科の有名な医師、近藤誠氏が提唱する”癌もどき”(転移も増殖もする本当の癌ではなく、一定の大きさになると成長も止まり害を及ぼさない癌で放置した方が良いとされる)に違いないと自分に言い聞かせていたこともあります。
巷にはありとあらゆる民間治療の情報が溢れかえり、一体何が本当なのかは分かりません。いわゆる正当な三大治療(化学療法・手術・放射線)を選択するか自己責任で民間療法を含む他の療法(免疫療法・温熱療法等々)を選択するかです。
病院での検査はあくまで治療を前提としています。自分が春ウコンを選択としても、主要マーカ-(膀胱の場合はCA19-9で正常値上限は37u/mlです)を定期的に採血して調べたり、MRIとかCTスキャンのような画像検査は検査の目的だけのために受けることはできません。
余談ですが、膀胱がんで出血があった時の値は170u/mlで、一日一回5錠を3時間ごと6回合計30粒を約3ヶ月間、春ウコンを飲み続けてマーカーは17u/mlまで下がりました(抗がん剤も併用していたのでどちらとも断定はできませんが)。
結局、私の放置療法は頓挫して、襟を正し、東京医科歯科大学の木原教授のもとに治療をお願いに行ったということでした。ちょうど、連休明けの今日(5月07日))に再入院して低用量放射線化学療法を6月始めまで受けました。生きていく手立てを選択する場合もそうですが、世間の大きな流れを外れて、自己責任で生きていくというのはかなりの精神的不安感のなかで翻弄されつつ前に進むことであり、厳しい生き方となりやはり、それなりの覚悟が必要であります。
結果的には木原教授による最新の療法と手術で、しかも保険適用の負担の少ない入院手術で命を救われました。我々東北で生きている庶民であれ、世界的に有名なお医者さんの治療を保険適用で安価に首都圏で受けられる日本はとんでもなく素晴らしい国だと思います。
春ウコンの効能の是非は闇の中へと消えた格好です。せめて、術後にどれだけ効能があるのかだけでも証明できればと思っています。術後は1日辺り3回の合計15錠を飲み続けています。


平成25年2月18日

16日は亡き母親の誕生日です。北朝鮮の金正日と同じ日だったので嫌がってからか、笑っていました。母親の病気が胃潰瘍ではなく胃癌だと知らされた時、その日の夜に見た夢は、幼少の私が家の周りで母親を一生懸命探している姿で、母親は確かにいるのだが黒い影だけにしか見えません。おろおろしながらあの母親を探し続ける、というものでした。
男性にとって母親は特別な存在なのでしょう。マザーコンプレックスではなく、所詮、勝負したところで勝ち目がないのです。胃の切除手術をしてから極端にやせ細り、それから十数年生きたと思いますが、結局、骨髄への転移で83歳で亡くなりました。切らなれば、QOL(生活の質)を落とすことなくもっと楽な余生を送れたのではないだろうかと考えるこの頃です。父親もそうでしたが、本番手術より過酷と思われる検査を受け、今まで立派に生きてきた尊厳など無視でやたら多い管(排尿カテーテル・点滴・酸素吸入マスク等)を取付けられてしまう。若い看護師には赤ちゃん言葉で”痛くないから大丈夫ですよ”とビルマ・インパール作戦を生き残った勇猛な兵士がなだめられる。入院から焼き場までわずか20数日で、ほとんどの高齢患者は一旦入院すると、まずは家には帰れないという現実。検査手術やら多くの薬・点滴・寝たきりのベット生活で体力はすっかり削ぎ取られてしまいます。健常人でも1週間寝たきりだと太ももの筋肉はげっそりと細ります。
癌は三人に一人が罹り、二人に一人は癌で死亡する(年間30万人以上)ということらしい。問題は癌がいっこうに減らないことと、治療方法が限られている、つまり患者が選択する余地はほとんどない点です。メインは手術と抗がん剤、まれに放射線ですが、いずれも身体には大変な負荷を負わすもので、死ぬかそれとも摘出か毒注入の抗がん剤(化学療法といえば聞こえは良いが正常細胞も殺す)で癌細胞の縮小か放射線で焼き殺すかという、いづれも選択したくない療法しかありません。暗黙の”死にたくなけりゃ、我慢して医者の言うことを聞きなさい、少しでも命が延びれば有難いと思いなさい”という冷酷な宣告です。病院の勤務医を攻めるつもりはなく、医療制度のシステム自体に欠陥があると思うのです。予約をとっても、1時間半から2時間以上待ってやっと数分の診療を受けられ、しかも勤務医さんの昼食は2時3時にやっと取れ、午後は集中力を要する手術という超激務を一生懸命こなされている。患者個人の事情・症状に合わせた丁寧な治療などとても期待できません。標準治療と言うマニュアルに則って”処理”しているのが実状だと思います。命の尊厳・インフォームドコンセント・セカンドオピニオン等と言う言葉がむなしく響きます。
治るというのは癌が原因でただ死ななかったということで、その後の人生の質が大きく低下してベットで寝たきりであろうと”治った”ということになります(通常、五年生存率をクリアした状態)。これだけの多くの人達が罹る難病でありながら、未だに根治療法が確立されていないのはとんでもない現代の陥穽でしょう。
癌が減らないのは高齢化もありますが、食を含めた生活環境の劣化があるように思います。癌といっても老齢化現象の一つであり、糖尿病などと同様”生活習慣病”なのですがその悪しき生活習慣を正そうという目に見える動きはないようです。日頃、何気なく食べている主食の精米された白米。玄米からぬか層・胚芽と重要なビタミンB1/2・E郡やミネラル分を除去した見た目と美味しさ(ふっくら)に優れた精白米です。私もふっくらと炊き上がったごはんは好きですが、これが癌・糖尿病に象徴される生活習慣病の大きな原因のひとつです。しかし、大多数の我々庶民は何の疑いもなく美味しい美味しいと食べ続けています。
このように明らかに間違っていると思われる習慣・通説がまかり通っていることが多々あります。知らずに継続するととんでもない結末が待っています。喫煙・白米・白砂糖・電子レンジ等々ありますが誰も警告はしてくれません。病院・厚生労働省・製薬会社がぐるになって儲けに走っている(業界の既得権、原子力村ならぬ癌村?)と言う人もいますが分りません。これも自己責任で自ら勉強して自らの命を守らなくてはなりません。悲しい時代です。

 

平成25年1月07日

新年明けましておめでとうございます。本年も宜しくお願い申し上げます。
昨年はあれやこれや次から次へとバライエティに富んだ事象が起き、それらをバッサバッサと切っては鎮めていくのに忙しく、とても悠長に文章などを書いている余裕は無い状況でした。仕事的には十分な量を頂き感涙に咽ぶほどで責任の重さを改めて感じているところです。有難うございました。

日本の製造業が大変な危機にさらされています。とりわけ、家電業界の雄たるパナソニック・シャープ・ソニー等が軒並み大赤字.。大勢の従業員がリストラされ路頭に彷徨うこととなりそうで、会社の存続さえ危ぶまれる大変な状況です。
先に倒産した(平成24年2月末)半導体のエルピータメモリーもそうでしたが予想をはるかに超える超円高で中韓メーカーと同じ土俵の上にさえ登れない圧倒的不利な条件下で野垂れ死にしたと言うのが実情でした。。これはひとえに無能な民主党政権が円高に対してなんらの手も打たず”日本の家電業界を見殺しにした”と言うべきでしょう。いや、無能と言うより自民党政権に代わった今にして思うと、意図的に”日本の代表的な産業を潰しにかかった”ということのように思えてなりません。何とか持ちこたえた自動車産業ですが危うかった、ぎりぎり紙一重でセーフだったというところです。現にエルピータの最後の息の根を止めたのは枝野です。通常、産業再生法で公的資金を一旦入れ込んだ国策がらみの民間会社はそうそう簡単には倒産させません。少なくともそれまでのまともな政権では有得ない話です。国として守らなければならないかっての”産業の米と言われた半導体産業の雄”をいとも簡単に潰して、韓国サムソン電子・ハイニクス半導体への追い風としてしまったのです。
安倍自民党が政権奪取直後に、2%インフレターゲットを宣言するだけで、あっという間に10円以上の円安となりました。株価は上昇し外資の投資も国内の売りを飲み込み輸出産業を始め多くの関連産業が一息ついて久しぶりに将来に希望を持てる正月を迎えたと思います。
ついでに申し上げますと、最近さらに悪化した”マスゴミ”が何を目的にそう批判するのか分りませんが”インフレだけ進行して、われわれの給料があがらないと悲惨である”という”いかにもマスゴミは庶民の味方で人権重視みたいな例の民主党を支えた同じ論法”で気取って評論をしています。民主・人権を標榜(喰い物)してぶくぶくとふやけてきたテレビ・新聞(特に朝日新聞)は正体を見透かされた今でも同じ手法を用いて”安倍降ろし”を性懲りもなくやっているのも幼稚で哀れであります。

弊社は今年で創業25年の四半世紀を迎えました。相も変わらず、小汚い五軒長屋の真ん中で少数精鋭?でごそごそと仕事をこなしています。800社を超えるお客様や京都の外注さん他の多勢の方々のお陰でやって来れたのだと思います。
日本と言う国・文化・民族は大好きではありますが、島国特有の集団主義・団体行動・管理主義偏重で個性無視がいやで大学卒業後就職したサービス業(ホテル)も2-3年で辞め、外資系(英国)商社を数年(部署はWines&Spirits洋酒部でHenessyブランデー・WhiteHorseウィスキー・Moet Chandonシャンパンの輸入元)勤務するも京都の小売酒屋さんの連合体を結成しようという目的で退職し大変な目にあう。つまり理想と現実見極めができていなかったという”若気の至り”でした。話せば長がーい話になりますのでやめますが。
その後、語学ができる(英検1級と通訳試験だ!!)と言うことで京都宇治市の光半導体の海外営業部に拾ってもらいました。電子業界への第一歩でしたが、さらに若干の変遷を経て昭和63年にみちのくの郡山でオーミック電子をスタートさせました。京都の竹中電子工業さんの後押しがあってのスタートでした。今考えるに、自分の野心が大きかったというより、自分の漠然とした感覚的な夢とか自己完結的な願望が達成できなかった為いろんな会社を彷徨して、最後は組織になじまず、自営業者になるべくしてなったということだろうと思います。
組織になじむ人(組織で力を発揮できる人)と個性が強くて組織になじまぬ人がいます。ソニーも組織が大きくなりこれが没個性となり、ユニークな製品が出てこなくなったと思います。また、組織が人を排除する場合、つまり定年退職時を気持ちよい引き際とするかどうか、特に
役員になれなかった幹部従業員の処遇の方法が日本の大企業さんはへたくそではないのかという疑念を持っています。最初に書いた家電業界の行き詰まりは超円高がまずありますが、技術の流出については有能な技術者がいとも安易に中韓の企業に身売りするという悲しい連鎖が最大の原因と思います。恨みを持って、本来お世話になった自分の働いてきた日本企業の背中にナイフを突き刺すと言う感じでしょうか?人間学といいますか人間感情処理学的なものを企業トップは真面目に学ぶ必要があります。恋愛学、喧嘩学のことです、経営学より大切かも知れません。経営は大雑把に言えば支出と収入のバランスさえとっておけば大丈夫ですので。
やはり、私にとっては自営業万歳です。

Others 何でも言ってみよう

製氷機内の温度はマイナス20°という冷蔵庫の冷凍室の温度と一緒です。センサーの調整に行ったので作業を交代でしますが、10分も居れば結構身体が冷え上がってきます。暗黒で極寒の機内で12年以上も連続で氷の量測定をし続けて来たのだと思うと感慨深いものがあります。弊社のセンサーは他社の追随を許さぬピカイチの優れものだと。
何事もそうであるが、規模の大小にかかわらずひたすらにひとつのことに十年も打ち込めばそれなりの形・格好が出来上がっていきます。知らぬ間に28年目を迎えましたが、まだまだこの分野で挑戦したいことが残っています。膀胱癌だ、糖尿病だと体力を削ぐことが日々増えてきますが、不思議と戦闘意欲は衰えないものです。
いつまでも仕事仕事と情けない気もしますが、朽ち果てるまで戦い続ける決意を新たにした初日でした。

弊社ブースの二次元イメージセンサーのデモ

一番乗りを喜ぶオッサン

スターバックスコーヒー郡山堤店左奥の白い建物が伊東ビル

弊社の周囲環境認識用の超音波式ヘッドセット(ウェアラブル)父親・母親と息子、それに父親と娘が試している。

平成27年9月25日

知らぬ間にシルバーウィークとやらが始まり、それもラグビー日本チーム(Brave Blossoms)の惜敗とともに終わってしまった。始まりの19日は横浜の製氷工場へセンサーの調整に郡山から新幹線で行ってきました。40~50mm立方のキュービックアイスを作り、これをスクリューコンべイヤーで横方向に運び、下の階の粉砕機に落とします。粉砕機では3~4段階のレベルで氷を粉々にしてさらに1階の自販機に落とし込みます。高級魚にはより細かい氷が使用されるそうです。
弊社センサ(OM8-3S)はコンベイヤーに乗った角形氷の量が丁度良い量に保たれるように凡そ1m間隔で3個のセンサを取り付けて氷のレベルを測定しています。


平成27年5月27日

こないだの連休で4月27日から5月の8日までの12日間は、糖尿病の血糖値が高止まり状態だったので一旦入院して下げようということで”教育入院”とあいなりました。私がすっかり馴染んだ御茶ノ水の東京医科歯科大学病院の14階でゆっくりと過ごしました。規則正しい食事時間と栄養バランスのとれた少量の食事、一日数回の血糖値・体温・血圧測定で内分泌主治医Nさんの管理下に置かれます。ビールもなにも厳禁で、食後は一日3回20分から30分の散歩を大学の構内や1階庭園で行い、毎日1万歩を達成しました。
膀胱癌の入院とは違って、切った貼ったの手術や生きるか死ぬかの究極の選択は直接関係ないので気楽な日々でしたが同室には糖尿を抱えた重篤な癌患者さんもおられて気楽な素振りは出さぬよう気遣いは致しました。
”明日も今日の延長できっと生きているだろう”というのが一般的な感覚で、ほとんどの人は”この世から消えてしまうことを前提には生きていないと思う。しかし、病院では”君の余命はあと半年とかあと1年とかいう人は珍しくないのです。だからと言って、そう宣告された人達が何がしかの哲学的な悟りとか覚悟を得ているとかいう話では無いように思います。淡々と日々の食事と排泄・手洗いに入浴に睡眠をなんとかこなしてやっと残された命を繋いでいるというのが実情だと思う。悪性の膀胱癌で、全摘を宣言された時もがっくりとはきたけれど、終末を迎えるだろう時の意識の変性はなかったように記憶しています。ああっ、”もう少しは生きていたいなあ”と。この世のつまらぬ退屈な日々もまんざら悪くはないなあと。

平成27年10月06

3日の土曜日は気持ちの良い秋晴れのなか、NPO法人”郡山 水と緑の案内人の会”主催の”安積疏水めぐりバスツアーに参加しました。午前9時から午後4時半までの日程で、郡山市内を出発して猪苗代湖から会津の十六橋水門を巡る30名のバスの旅でした。産まれ育った地元をこよなく愛し研究しつくされてる郷土史家の遠藤さんを始め、数名の70歳前後の篤志家たちが案内人として終日、熱く語ってくれました。
明治10年過ぎから士族を救う士族授産が検討され、各地で散発していた不満士族による反乱を鎮めるためにも士族達の暮らしが成り立つ政策の実行が必要とされていました。もともと雨量の少なく、阿武隈川を始め支流の五百川・藤田川・逢瀬川等の川沿いで細々と農業が営まれておりました。何とか猪苗代の水を郡山を中心とした安積平野に引いて来られれば飛躍的に耕作面積が拡大するのが念願であって、小林久敬は私財を投げ打ち、無一文になっても実現に尽力しました。小林の斉木峠を通す案は退けられ、沼上峠を通す形で、延べ85万人の人夫と3年の工期をかけて明治15年に通水しました。明治日本の三大疎水(京都蹴上の琵琶湖疎水・栃木の那須疎水)はこの時期に完成されました。明治維新政府の気概を彷彿とさせる大事業です。

平成17年6月12日から
  平成18年4月27日まで  


TIのブース テキサスインストルメントだ

弊社のポスターだ、素晴らしい!

私の好きなフィギャー”崖っぷち”9種類ある。

病室に飾った”崖っぷち”と”フチ子”のフィギャー

ビッグ フチ子 約10cmの大きさだ

京都三年坂界隈

若狭湾に浮かぶおむすびの小島

平成26年8月20日

先週は三年ぶりに靖国神社にお参りしました。神社の境内に入るや清々しい"気”が感じられます。この気は明治神宮とか三輪神宮(大神神社)の参道で感じるものと同一のものです。どんなに疲れていても何故か”しゃっき”となりますし、ボケた頭もクリアーな透明感で満たされます。いつも不思議だなあと思うところです。
東京都内とは言え、多くの緑(銀杏・楠・楡等々)の森が点在し、高層ビルともうまくマッチングしています。いろんな内外の問題は絶えませんが、日本に生まれて良かったなあという実感を得られる場所のひとつです。
一方、日本に生まれていながら、日本が嫌いで嫌いでたまらないという勢力が居ます。反日左翼のリベラリストもしくは妄想知的文化人と呼ばれるタチの悪い人たちです。それらの人たちの先頭に立ってデマゴーグを撒き散らしているのがかの日本を代表するクオリティペーパーと言われる”朝日新聞”です。学生時代は一生懸命”天声人語”(民の声は天の声などと標榜)を一生懸命読み、さらに内容を英訳して対訳文と比較して自ら添削していた頃を思い出します。
今から思うと、天声人語なんぞは左巻きが好む知的雰囲気をベースに上から目線(偉そうにもったいぶっているだけ)で抽象論を喚いているだけのこれもタチの悪い駄文であったと思います。
大学時代にはかの筑紫哲也を編集長とした”朝日ジャーナル”を嬉しそうに小脇に抱え、”知的インテリゲンチャ”を気取った学生運動家が大勢いたものです。てめえで稼ぎもしない頭でっかちの学生ごときが労働運動を語ること自体がお笑いの範疇ですが、本気で革命を考えていたとはね。この半身に構えて文化人気取りの上から目線で得意の反日・民主・平和・反戦・反権力を弱者の視点でのたまう、まさに朝日の得意とする反日中韓手先の手法でありました。
安保闘争やらベトナム反戦運動という世相があったとは言え、いとも簡単に朝日ごときのデマ戦略に乗っかかっていた自分が情けなく思われます。かのナチス情報省のゲッペルスが人民をうまく全体主義に誘導したと政治学で学んでいて
まさか自分が簡単にミスリードされるなどとは夢にも思わなかった。が、実質、まるごとやられていたようだ。

今回の”従軍慰安婦強行連行記事”にせよ、ここ福島第一原発にかかる”吉田調書スクープ”にしろ、自分らで勝手に記事を捏造し(女子挺身隊を強制連行)、結果的に日本を貶め、吉田調書スクープについては今は亡き吉田所長の功績と名誉に泥を塗りたくる結果としています。吉田所長の命令に逆らって600余名の現場作業員は福島第二原発に逃げたと。なんでわざわざ、ここまで日本人と日本国を口汚くまた狡猾に罵り貶めなければならないのだろうか?どう考えても中国支那と韓国から便宜を受けている、もっと言えば汚いカネを貰っているか甘い甘いハネートラップに掛かっていることぐらいしか考えられません。
”女性としての尊厳を踏みにじられたことが問題の本質”だと、よくもまあ見え見えのすり替えをやるものだ。世界中の売春婦問題をを掃討する大キャンペーンでも張ったらどうか?なんで韓国だけの売春婦の尊厳なのだ、高級売春婦の尊厳も守ってやれ!

日本が嫌なら中韓に移り住めばいいものを、訳のわからんバカ朝日だ!!ついでに言うと30万人南京大虐殺も本多勝一の捏造記事だろうが。属国朝鮮とは違い、支那には遠慮して公表しにくいのか、心底(こころのそこより)、”クソ朝日め!死にさらせ”と思う。



平成18年9月03日から
 平成20年12月24日まで  

祝!! エウレカ株式会社 平成27年10月01日スタート

左は猪苗代湖 上戸口の現在の取水口で、下の写真が郡山市喜久田にある第一分水路です。分水路は合計7ヶ所有り、安積疏水幹線から7本の分水路で安積平野を潤しています。

4月21日(日)の春の大雪(30cm事務所前)

本年9月19日現在の機内の様子

クリック

伊勢神宮 外宮(げくう)の巨木

今月の15日(金)から3日間、シリコンバレー(サンマテオ)のベイエリアにてメーカーフェアー(Maker Faire)の10周年記念展示会が盛大に行われました。
我社でも精鋭の若手技術者が単身乗り込み、個人の資格で国内では未発表の新製品群をリュックに詰め込み世界に冠たる超有名企業に負けじと大奮闘でした。日本の展示会ではまず、考えられませんが、同じ会場で"Google""Facebook""NASA""TI(テキサスインストルメント)”等々とベンチャーで頑張っている気鋭のガレージ企業群が同列で堂々と展示してる風景です。アメリカの学生さんは大企業であるマイクロソフトやグーグルにサラリーマンで入社することは恥ずべきことで、リスクを負って自ら起業する人達の方がはるかに高い評価を受けるそうです。有名大学経由で東証一部上場企業を目指し、ケツを叩かれて林立する多くの”塾”に通っている日本の子供たち(親が悪い)が世界で勝てるはずもないことが分かります。リスクを避けて、安定を第一とする若者に輝く未来などが来る訳がありませんし、もはや、安定した大手一流企業など遠い昔の幻影にしか過ぎません。二周
半遅れの日本に再び陽は昇るのでしょうか?

平成25年12月30日

今年もなんとか無事に終わることが出来ました。膀胱がんのため、3月末日から8月の末まで入退院を4回繰り返し、抗がん剤治療・放射線療法・内視鏡手術とミニマム創による部分切除を施し、全摘を標準治療とする”膀胱浸潤がん”をなんとか最も負担の少ない方法で切り抜けることが出来ました。これも東京医科歯科大学附属病院泌尿器科の木原教授が提唱・実践されておられる”低用量化学放射線療法+ミニマム創内視鏡下部分切除”のおかげと心より感謝・敬服しているところであります。患者の心身の負担をいかに少なくするかという観点で考案された極めてヒューマンな療法であります。
経営的にも過去25年間で最高の増収増益となり、自分の努力を超えた天からの恵(めぐみ)だと思っています。この天恵を活かして今後さらにユーザーさんのご要望に適確に応えていきたいと思う所であります。平成26年も宜しくお願い申し上げます。

穏やかな5月の波浮の港

福島県ハイテクプラザ2階8号室に技術開発室を設けました。    来客大歓迎です。3Dプリンターで遊びましょう。新たな驚愕の新製品が続出します。乞う、ご期待!!

これがNASAのブースだ

展示の準備をしている前日の会場にふらっと立ち寄ったおばちゃんがいました。やたらメカとかエレクトロニクスに詳しく、弊社の二次元イメージセンサー(中心で鶏の形をした超音波センサーが回転している)について突っ込んだ質問を連発。近くの人に聞くと、彼女は宇宙滞在145日を記録した美人女性宇宙飛行士のコールマンさんでした。
遠く日本から来た若者に気軽に質問を投げかけるアストロノーツ、日本では考えられない驚きの出会いです。日本の宇宙飛行士を大変優秀だと褒めていたそうです。宇宙飛行士もびっくり、オーミック電子の二次元超音波センサー。さすが、U.S.A.だぜ!日本は未だに息苦しく、やっぱり、ちんまい盆栽国家か!まずは、むさくるしいリベラル気取りの左翼反日勢力の駆除・一掃が急がれます。

我が築後30年以上の長屋の横に、今流行りのスターバックスコーヒーのドライブスルー店が5月15日に開店しました。店長さんが開店前にご近所さんへの挨拶がわりとして無料ドリンク券数枚づつを配布されていたので、早速、私が一番乗りで参上、店員さんの中に私を知っている美形の女性がいて、声をかけられ少し慌てました。なんのことはない、昔よく行っていたデニーズの店員さんでした。お隣に洒落た店ができると、このヘタレ長屋も少しは見栄えが良くなってきます。不思議なもんですね。

新装 茶色瓦の会津若松鶴ヶ城

三輪山の絶品


遊就館前のパール判事碑

靖国神社鳥居

二次元センサーの鶏を見る子供とヘッドセットが気に入ったキュートな女の娘

久しぶりに郡山市内の”富や蔵”で心癒される尺八の演奏会が有りました。

安積疏水沿いの山中で見つけたアケビ

もともと安積疏水・開墾は禄を失った士族の救済、士族授産が大きな明治政府の政策目標の一つとして行われましたが、地元の賊軍とされた二本松藩・会津藩と棚倉藩を始め、九州の久留米潘、高知の土佐藩・愛媛の松山藩、中国地方からは鳥取藩と岡山藩からも移住入植がありました。総戸数500戸で、総勢約2,000人に及ぶものでした。例えば、愛媛の松山藩からは9家族34名が明治15年3月21日に松山 三津浜港を船出して神戸港経由で横浜港に到着、横浜から東京まで汽車に乗って行き、東京からは徒歩で奥州路を郡山まで下って行ったと記録にあります。松山から郡山まで1270Km、到着日は翌月の4月08日でした。移住者の一人光本忠彌(36歳)の家族構成は妻が32歳で女の娘が3人いて10歳、8歳と3歳の可愛い盛りです。安政6年に松山藩に足軽として召抱えられましたが廃藩置県の後に明治6年に士族に編入されたものの、土地家屋の資産も定職もなく、ただ新天地を求め、女房と3人の幼子を引き連れて安積野の原野に挑む若きサムライ。東京から郡山までの道中で、三度の食事はどうしたのだろうか?日中歩き続けて、乾いた喉を潤す十分な水はどうしたのだろうか?トイレは?日除けは?履物は?春とは言え朝夕の寒さにどう対処したのだろうか?野宿に近い状態だったと想像するが、皆が寄り添って震えながら寝たのだろうか?故郷とご先祖様の墓を捨てて、温暖な地から雪に埋もれる寒冷の荒地にいく健気な家族の厳しい旅程に想いを馳せるだけで壮大な人間ドラマが時空を超えて走馬灯の様に眼前に展開してきます。   

 - 次回につづく -
       

猪苗代湖から引いてきた湖水を40mの段差を利用して水車を回し発電しています。使用後の水は五百川に戻されます。この電力で紡績・絹糸等の産業が郡山に集まり、日本の殖産興業に大いに寄与しました。

三輪山のしだれ桜(平成26年4月19日撮影)と  
京都のひなや五条で発見した東北のこけし達(鳴子ほか)
  

三輪山から大和三山(耳成山・天香久山・畝傍山)を臨む        

大月から見た富士山

伊豆大島荒磯(大島公園海浜遊歩道近辺)   

平成22年1月04日から  
 平成22年12月28日まで          

 
平成21年1月07日から
 平成21年10月15日まで       
   

平成23年1月06日から 
 平成23年12月29日まで   

病室から見たあこがれの外界のスカイツリー  

中央線御茶ノ水駅から見た東京医科歯科大学附属病院

御霊櫃(ごれいびつ)峠近辺(郡山と猪苗代湖との境)    

宇治橋から眺めた五十鈴川上流

弊社ブース ヘッドセットのデモンストレーション

病院構内に生える若葉

東京医科歯科大学前の広場で遊ぶ園児たち

同じ敷地内にあるフェイスブックやグーグルのブース、NASAも弊社の近くに展示

展示会準備中の我々の所に来てくれたCatherine Grace"Cady"Colemanさん 現役時代は美人宇宙飛行士で有名。

平成26年5月16日


2棟ある二階建ての長屋事務所(合計5戸)は弊社を除いて4戸すべてが空き室でしたが、この1年であっという間に埋まってしまいました。両隣の一つは除染屋さんでもう一つは会津に本店を置くログハウスの営業事務所です。他の2店は、不動産斡旋業屋さんと建築土木作業の事務所です。景気がアベノミクスで上向いて特に福島県では建設・土木・除染関連の仕事で大繁盛というところです。この辺り、郡山市や須賀川市では既に各家庭での除染作業が始まっており、来年の始め頃まで続くようです。散歩していても、ヘルメットを被りゼッケンをした茶髪のお兄さんの姿や大きな水槽を積んだ軽トラックが朝の8時半ころ突っ走っている光景が日常的に見られます。震災・原発事故から3年以上も経って、今さら何をしているのだと思うばかりですが、予算が付けば人も動くというところですかね。面積の7割以上を占めるだろう山や田地田畑に積もり積もった放射能(線)?はどうするのだろうか。高圧噴射で吹き飛ばしたり、土砂表面を削り取るだけで、本当に対策になるのだろうか?また、一方で未だに原発事故現場から放射能が漏れ続けている(汚染水を含め)との噂話も聞きます。除染だけはお役所の”何であれ放射線対策をしているという体の良い言い訳”のように思います。大切な税金が本当の効果が実証されていない除染に使われていると思うと、切ない気持ちにもなります。まあ、公のお金が放射線対策という大義名分で使用され景気対策の一助となるわけですから良しとしなければなりませんが。
左巻きのおかしな人たちが、鼻血が出るだ福島には住めないだとか騒いでいますが、どうやら叫きちらしてどこからか金をむしり取ろうという魂胆が見え隠れしています。”美味しんぼ”という漫画でとんでもないセリフを言わしめていますが、実証されていないことをあるかのごとく言うのはまさに”デマゴーグ”であり、何らかの政治的利権的意図があると思われても仕方がありません。現地でなんとか頑張って生き抜こうとしている我々も含めた人達の意欲を削ぐ行為として糾弾されなくてはなりません。

溢れる光り

京都五条通の陸橋から東山清水寺を臨む

平成25年4月23日

一昨日は起きてびっくりの30cm近くの積雪です。郡山の開成山公園の櫻もほとんど散ってからの雪なので”雪桜”という風情もありません。
このところ散発する震度四レベルの地震、福島第一原発からの放射線汚染水の漏れ、強風にで吹き飛ばされる放射能混じりの花粉・黄砂とPM2.5、かって美しかった京都貴族の憧れの奥州の地は今は呪われた大地と化したようです。
表には出ない話ですが、避難生活を強いられた家族のなかでの、夫婦の離婚・中高齢者の自殺が大変増えているそうです。別居生活を強いられた家族の悲劇です。
私も郡山での生活が26年目になりますが、地震と放射能汚染はやはりたまりません。残り人生もあと十数年で、長くて20年としても出来れば穏やかに逝きたい、海辺の静かな波の音を聞きながら逝ければなおさら良い、しかも温暖な瀬戸内式気候の浜辺の町で。
何回も転生を繰り返し、この世に生まれてくるのは学びの為とのこと。輪廻転生の輪からはずれれば、その方は悟りを得た人で、再びこの世の娑婆に学びを求めて生まれてこなくとも良いのだと。いつも思うことだけれど、最初から創造主たる神さんは片手落ちの不完全な人間ではなく、立派な魂を持ったホモサピエンスを造ればいいものを。
命ある間に、何をしておこうか、未だに分りません。ああ、まいった。

冬の若狭湾、鄙びた小さな漁港

平成24年1月07日から
 平成24年10月05日まで  

平成26年8月14日

台風11号が過ぎ去って温帯低気圧に変わった翌日の夕方に散歩に出ますと、草むら辺りから鈴虫の鳴き声が聞こえてきます。うだる夏から秋への瞬殺シフトです。何であれ変化は徐々にではなくあっという間もないドンデン返しの転換です。変化へのエネルギーは地底の暗闇でマグマが少しづつ溜まりつつ膨れ上がり、突如、大爆発・大噴火という仰天の大変化として現出します。
次の時代への大きな変化のエネルギーは少しづつ静かに蓄積されています。大噴火の予兆です。無国籍・無政府・地球市民(国民運動ではなく市民運動)を標榜する腐り果てた中韓の手先、反日左翼どものへの逆襲です。民主・平和・人権・反原発・反権力と耳障りが良くあたかも弱者の味方を装ったデマゴーグで人心を弄んだ罰がくだります。まさに天誅です。

明後日は終戦(敗戦)記念日で、靖国神社へ参拝する日でもあります。A級戦犯が祀ってあるので、参拝は戦争賛美に繋がるなどという左巻きがいるが、全くのクソったれ朝日(大嘘つきという意味)です。戦勝国の一方的な東京裁判(公平な裁判とは言えぬ)で戦争犯罪人に仕立てられた人々、殺るか殺られるかの殺し合いの戦争で犯罪人云々と勝った側が判決すること自体がおかしいのである、の無念さを思うとやりきれません。
父親が九州”菊師団”の一員として参戦したインパール作戦などに見られた精神主義(軍人魂という根性が肝要だとして十分な兵器弾薬・食料の補給もないのに過酷な前線で兵士を放置し、戦(いくさ)でなく病と飢えで多くの兵士の命が奪われたこと)や作戦のまずさ(牟田口中将:作戦頓挫後も強行継続で不用の死者を増やした)での軍幹部の戦争責任は問えます(父親はいつも酒を飲んで戦争の話になると、インパール作戦での牟田口の作戦は”とんでもなく馬鹿げていた”と私に語っていた)が戦勝国側から”戦争犯罪人”と呼ばれるいわれはありません”。父親は軍幹部、とりわけ牟田口中将を勇猛果敢な菊師団の誇り高き一員として批判をしていたが、戦わずして野垂れ死にした本当に多くの戦友(白骨街道)に対しては哀れにおもい、戦友会には毎年参加して供養もしっかりとしておりました。
軍幹部の作戦上のことはともあれ200万以上の祖国の為に捧げられた兵士の命に対し、鎮魂の祈りを捧げるとともに、今の平和な日々を頂いた感謝の祈りとともに捧げなくてはなりません。
昨年の今頃は、ちょうど膀胱癌の部分切除の手術を受けて、ベットの上で4本の管をつけてのたうち回っており、参拝どころの話ではありませんでした。今年はその分、癌克服のお礼も兼ねて、懇(ねんご)ろにお参りしたいと思っております。